freeFRIDAY ✖️ Shanti House

Shanti Houseは、長男優大が旅立って3年がすぎた頃「すべての人がありのままに輝く世界へ」という想いを込めて妻が始めた活動です。

七里ヶ浜に住んでいた時は朗読会、ヨガ・ヨガセラピー、クラフトワーク、お料理教室、アロママッサージ、カウンセリングセッション等を不定期に開催し、ママさん達中心に沢山の方がふらっと立ち寄ってくれていました。

今、彼女は少し活動をお休みしていますが、freebee株式会社を立ち上げてからは、僕もソーシャル事業の一環として環境整備を手伝ってきました。眺望重視で中古の家を買い、事務所スペースにもなるようにリフォームして、ベランダを天然の会議室として快適なスペースに整える。明日ガーデンセットとパラソルが届くので、その環境が全て完成します!

僕の活動のペースと彼女のペースは違うし、動きたい事も少しずつ違います。だから優大というチャレンジドパーソンからインスピレーションを受けたもの同士、それぞれが思うままに活動して行けば良い。今はそんな風に思っています。

僕は来月、Shanti Houseトークイベントの為に中国広東省広州市に出張してきます。横浜、バンコク、ホーチミン、ハノイ、バンコク②と開催して、今回で6回目。ほぼ15年ぶりに当時の仲間に会えるのが楽しみ!

この写真は長崎市の銀屋町教会の中にあった「なかよし学級」が開催してくれた親子キャンプの時のもの。妻と優大が介護と療育の為に帰国してしまって、僕は単身赴任先の広州から一時帰国して参加しました。

超体育会系・勝ち負け論者で獣のようだった自分が 笑、人間の心を取り戻すきっかけになったキャンプでした。あの瞬間から繋がって今の僕がある。

これからShanti Houseの活動は、生き方・働き方のトークイベント、カウンセリングセッション、色々なワークショップ、執筆活動等、我々夫婦がそれぞれ自由に、ゆっくり動いてゆくと思います。皆さまの暖かい応援をこれからも宜しくお願いします。

とりあえず、正式オープンは来月になると思いますが、明日11/30のfreeFRIDAY@鎌倉山はShanti House もソフトオープンしております。明日たまたま鎌倉にいる人 笑、メッセンジャーやLINE等でご連絡くださいね。

心のスイッチは内側にある

先週、大学でブランド戦略論を教えている友人の助教授から誘われ、「ブランディングの現場での実践」に関してスポット講義をやらせて頂きました。

僕の学生時代の専門は外国語(中国語)なので、マーケティングやブランディングの知識は社会人になってから得たものです。若かりし頃に広東省で営業部長をやっていた時、先輩マーケターからマーケティングの理論を教えてもらううちに、どんどんのめり込んで大好きになりました。ほぼ自学と現場経験から得てきた自己流・野武士的なノウハウ 笑。逆にそれがリアルかなとも思います。どの学問もそうなのかも知れないけど、頭で分かっている事を具現化するのが難しい。だから現場経験の積み上げと、そこから得て自分だけで体系化されたノウハウこそ、その人ならではの財産なのかもしれません。

起業する少し前から「事業会社20年の経験を踏まえて、自分の中にあるノウハウとかスキルとかコツとか、教えられるものは全て人に伝えよう、それで少しでもみんなが楽しく仕事できるなら、それも一つの社会への恩返しだ。」そう思うようになりました。バンコクを去る前に後輩たちを集めて勉強会を実施したり、ホームページにマーケティングコラムというコーナーを作ったのもそういう意図です。※話すのは得意ですが、書くのが苦手で、、コラムの方は止まってますが。

そんな矢先の依頼だったので、二つ返事で引き受けました。商学を勉強している大学生とはどういう感じなのかにも触れてみたかったのもあります。授業も無事終わり、友人がFacebook投稿に感想を乗せてくれました。

「味の素時代から独立へのキャリアやマーケティング、商品開発の話を通して、学生のハートにやる気スイッチが入ったように感じました。『動く人が成功する』『仮説が大事』『決めた事をやりきるパッションが大事』『自分が聞いたゲストの話で1、2を争う楽しくて為になる話だった』『マーケティングの楽しさを再認識した』などなど学生の学びや発見が多いようでした。」

何より、学生たちに喜んでもらえて良かった!

今まで野球やラグビーを通じて子供達と接してきて、自分の子供・人の子供に関わらず、スイッチが入る瞬間を何度も見てきました。親やコーチが何を言っても、自発的に動く力、内側から湧き上がるエネルギーに勝る力はありません。子供は純粋でいられるから、その瞬間の輝きは半端ない!見ていて涙がこぼれる事さえあります。

でも、本当は大人だってそうなんですよ。心のスイッチは内側にあって、自分がやりたい事、食べたいもの、行きたい所、自発的なスイッチが点灯する瞬間が何より大事。人は人の心を無理やり動かす事は出来なくて、当人が学びや気づきに触れて「動く」お手伝いをする事しかできない。

当社freebeeは全ての人がありのままに輝く社会を目指しています。僕自身もかなり自由に起業というチャレンジを楽しんでいますが、楽しく自発的に動いていると沢山のセレンディピティが生まれ、沢山の価値が生み出されます。僕もソーシャル活動の一環として、自分自身の生き方や働き方、公私に渡る経験を人生の後輩達に伝えて行けたらと思います。自家発電スイッチが入るきっかけの一つになれたら、何よりの喜びです。

新・SHANTI HOUSE完成!

藤沢市での借家生活を終え、結婚してから11回目の引っ越しで 笑、鎌倉市に戻ってきました。以前住んでいた七里ヶ浜のすぐご近所、鎌倉山。親子共に仲間も近くにいるし、何より、やっと念願の海見え自宅です。

今朝多分数年ぶりに、妻から朝起こされました。低血圧な妻は朝が弱く、逆に朝からハイテンションな僕は超早起きなので、そんな事は滅多に起こらないのです。

「ぐっすり眠れて、朝自然に目が覚めたの!綺麗な朝焼けだよー」そんな声を聞いたのも久しぶり。落ち着ける場所が見つかって良かったー。

思えば7年前、優大を亡くして気持ちが沈んでいた彼女に「山があって海が見えるとこに引っ越そうか?」と鎌倉を訪れた時の事。鎌倉山から七里ヶ浜に抜ける細い坂道を車で通って、森の先に開ける海の景色を見た瞬間でした。

「わーー!私、ここに住みたい!!」

どんな景色も灰色にしか映らなかった眼に、色が灯ったような感じがしました。ほんの一瞬だったけど、優大を失った悲しみから解放されて、彩のある世界に戻ってこれたのが、横で見ていてよく分かりました。

こんな顔見てしまったら、もうここに住むしかない…。東京までの通勤は劇的に遠いな…。江ノ電通勤かー…。そんな感じで多少のネガティブもありながらも、その一瞬で僕は鎌倉市に住む事を決めました。

もしかすると、あの時点で脱サラ(古!)する運命も始まっていたんだろうなー。今朝、鎌倉山から七里ヶ浜まで散歩しながら、7年前のあの瞬間を、同じ場所を歩きながら思い出していました。今では僕自身もお気に入りの場所になった七里ヶ浜・鎌倉山。なんだかデジャヴのような不思議な感覚でした。

この場所は自宅兼事務所なのですが、freebee株式会社の事務所というよりは、SHANTI HOUSEのスペースとして使用して行く予定です。と言っても、幸恵さんの仕事はゆっくりゆっくり 笑。そのうちセッションの事とか、トークイベントの事とか、案内がでるかも知れませんが、気長にお待ちください。海を見ながらのティータイム、昼ビールにも最高のスポットですよ〜。

前に進む勇気、決断する覚悟?

昨日は早稲田大学ビジネススクール リーダーシッププログラムの授業にOBとして参加させてもらいました。9年前、34歳の時に自分も参加したこのプログラム。チームで取り組む課題に「俺、社長(役)やりたい!」と立候補したのが、初めて「社長」を口にした瞬間でした。時を越えて今、小さいながらも社長をやっている自分がいて、「想いはいつか現実化する」事を改めて感じます。

以前にAmebaブログにも書いた内容ですが、改めて起業する時の思考と行動をシェアします。もし今キャリアで悩んでいる人がいたら、少しでも参考になればと思って。

起業すると決めた時、自分にとって率直な意見を言ってくれそうな友人・知人・先輩・後輩をランダムにピックアップして、100人リストを作りました。僕はマーケターなので、せっかくの機会に、自身の「大手企業を辞めて起業する!」という選択を題材に社会実験をやってみた感じです。

数ヶ月かけて徐々に暴露していったのですが、ほとんどの人からかなり驚かれましたし、仲間達にとって結構センセーショナルなニュースとなりました。43歳という年齢や、大手企業の海外駐在員という立場もあったから。

周りからの反応は、「賛成」、「反対」、「どちらとも言えない(ノーコメント)」の3つに大きく分けられます。思いつきレベルの段階で相談してしまった人も、起業のアイデアがある程度固まった段階で報告した人もいて、タイミングによって当然反応も違ってくるので、厳密には同条件での回答ではありません。

先ず、賛成票の多くは「僕が起業家に向いてる」「ナカジらしい選択だと思う」「何かやれそうな気がする」という感じのご意見でした。これからも応援してるぞーという気持ちの伝わるメッセージを沢山頂き、とても有り難く、前に踏み出す大きな勇気をもらいました。

反対票は傾向が2つに分かれました。一つは「もったいない」という意見で僕の個人としてのキャリアを案じてくれるものでした。ここまで大手企業の中で頑張ってきて、居場所も確立して、これから益々偉くなってA社を引っ張っていく人材だっただろうにもったいない、そんな感じ。僕だってそう思ってましたよ…。だから何年も足踏みしたわけだし。

もう一つの反対票は、そんなに多くはなかったけど「大きな組織を飛び出して何が出来るのさ?」というもの。直接いう人もいれば、ニュアンスが自然と伝わってきた人もいました。僕、感じる力は結構強いので 笑。「起業という言葉は響きがいいけど、要は中小企業だろ?」という厳しいご意見。

確かに、世の中全体に大きく広がってゆく価値を生み出して行く仕事は、資金面や人材面である程度の規模がないと価値がない(価値が見えない)かもしれません。でもだからこそチャレンジしたいと思いました。反骨精神旺盛なんですかね 笑。

ノーコメント票の多くは、突然突拍子も無い事を言われてうまく考えられていないようでした。「自分だったらそういう選択はしないけと、人の人生に責任は持てないし、でもこれからも幸せに生きて欲しいし…、寂しいし…」みたいな感じ。その節は困らせてしまって本当に失礼しました。

ちなみに、賛成票・反対票・ノーコメント票の割合は、3割・3割・4割(当社推定)。という事は、「人の意見を聞いてから何かを決めるのは理論的には無理」という事です。

1つ言える事は、賛成という形で応援してくれるにしろ、反対という形で諌めてくれるにしろ、どちらとも言えないという形で心配してくれるにしろ、この一連のやり取りの結果、皆さんの僕を想う暖かい気持ちが想像以上に大きかったという事。

俺、愛されてるなあ、有り難いなあと日々感じて、起業に対する仮説(こうすればうまくやれるはず)を信じ、自分を信じて、前に進む勇気が強まっていったのでした。

覚悟を持った決断。後輩達からはそう見えたかもしれないけど、実際はそんなにシリアスな話ではなく、その決断をした後の世界を純粋に見てみたかっただけかもしれない。その決断をしなかった「もしもボックス」の世界は絶対に見ることはできないから、誰にも正解なんて分からない。

誰でも、いつでも、自分の人生を自分で生きてゆく自由がある。勇気!覚悟!なんて必要以上に身構えなくても、自分が納得できるならそれが自分の人生にとっての正解。

起業3ヶ月経って、今までと変わらず皆んなに支えられて、自分らしく生きている自分がいます。今なら3ヶ月前の自分に「大丈夫、お前なんとかなるよ。やりたい事やれよ!」って言ってあげられる。これからも「なるようになる」と思って、セレンディピティ(偶有性)を楽しんでゆきたいと思います。

スタディツアー@フィリピン

起業後の初海外出張はマニラでした!決して里帰りではありません 笑。自分自身も9年前、34歳の頃にお世話になった早稲田ビジネススクールのNext Leader Program、指導教官の内田和成教授・事務局のサポートをしてきました。

直近2年間仕事で頻繁に訪れていたマニラの街に行くという事で、これは自分なりのお手伝いが出来るのではと思った次第。ビジネススクールの学生時代の当時、このプログラムの超大物講師陣からの講義で心に刺さったのは、

1.修羅場経験をどれだけ積めるか、

2.リーダーに必要なのは愛嬌、

3.戦略は細部に宿る(現場を知らなければ見誤る)、

という概念でした。サラッと書きましたけど、自分の中に結晶化され蓄積された深い学びです。30歳を超えてくるとそう簡単に学びを得られなくなります。仕事もそうだけと、生きる事に慣れてきてしまうからね。その意味で、早稲田ビジネススクールのこのプログラムは、自分のキャリアのブースターになったのは間違いありません。

今回、特にWer market、SARISARI(なんでも)ストアと呼ばれるフィリピン独特の小売店の現場視察も組み込んでありました。販売現場は勝手知ったる得意フィールドですので、現地ガイドさながらに 笑 ご案内。

現地では複数の会社にお邪魔させて頂き、経営、工場運営、営業活動を学ばせてもらいました。我々を取り巻く環境はどんどんグローバル化の波が広がっています。IT技術の進化や訪日外国人の増加もあり、今や日本国内向けの仕事をしている人でも、海外の事を知らないというわけにはいかない。

一方で、海外駐在員という経験を全員が出来るわけではないので、ビジネスリーダーにとっては新興国等に足を運び、そこにある日本との相違点に触れ、そこにあるリアルを感じる事の意味は大きいと思います。

僕自身の最大の気づきはQCD(Quality, Cost, Delivery)バランスの最適化について。マーケッターとして最も基本のフレームワークは4P(Product, Price, Place, Promotion)ですが、平均物価が日本の1/10、貧富の格差が大きい社会において、モノづくりのやり方も工夫の余地が沢山あります。特に品質過剰気味の日本人にとって、現場の空気感に触れる意味は大きいのではないでしょうか。

グローバル(含む中国)×商品開発というのがfreebeeの強みですので、今はコンサルタントは僕一人ですけど、、海外には足繁く行き来して価値創造のやり方を模索したいと思います!

 

心の器、心のキャパ

大手メーカーの駐在員というステータスを卒業して、起業家として生きて行く。前にも書きましたが、その選択の半分以上の理由は「今、社長という仕事をやりたいから」でした。

この前知り合いの編集者に「10年は待てないですよ。息子は10歳で亡くなったんだし」と話したら、「すごい自信家!あの企業で10年後に社長やるつもりだったの?」と爆笑されましたが、、結構本気だったけどね 笑。

でも、もう一つの大きな理由はやっぱり家族との関係性です。妻とは彼女が19歳の時から一緒にいますが、大学も同窓でI.Qは恐らく自分よりも高い彼女を(結果的に)、僕の人生に付き合わせるばっかりになってしまった。長男も旅だったし、そろそろ彼女を自由に世の中に送り出したいという気持ちはずっとありました。

僕はカンボジアやミャンマー、インドなどの新興国でビジネスをやりたいし、あわよくば住みたいという欲求を持っていました。でもそれは家族全員の統一意思ではありませんでした。広州とバンコクの2度の駐在で2度とも妻は体調を崩しました。広州の時はその理由の多くは亡くなった長男の育児・介護だったけど、それが無かったとしても、やっぱり駐在員の妻・ビジネスパーソンを陰で支えるみたいなステータスは、彼女にとっては人の人生でしかない。

そんな事をここ数年考えていた事もあって、彼女が自分らしく生きられるのはやっぱり日本だろうと、思い切って2人で新しいライフスタイルに飛び出してみたわけです。今、湘南・鎌倉に家族揃って住みながら、妻も僕も自由業、僕はアジア中心に出張で世界を飛び回る 笑、そんな生活がスタートしました。チャネラーの妻はその画像を数年前からイメージできてたらしいけど、、その話はまた別の機会に。

 

同世代のアラフォー日本人男性にとって、心の器の中に占める考え事の上位3位は、1位 仕事の事、2位 キャリアや自分の生き方の事、3位 家族の事(同点3.自分自身のプライベートの事)ぐらいの優先順位じゃないかと思います。僕はそうでした。

でもうちの奥さんは、1位 育児の事、2位 家事や炊事の事、3位 自分自身の生き方の事、4位 自分自身のプライベート・仕事の事、みたいな優先順位だと思うんです。育児と家事が2つに分かれる分だけ、男性よりも考えるべき大項目が1つ多くなります。物理的な時間よりも、心理的な負荷の大きさが課題です。

こうなると仕事の事とか、プライベートとかを考える余裕はなくなると思う。自分がやりたい事が何か、どう生きていきたいか、を考える心の器はあっても、心のキャパがそこまで間に合わなくなる。唯一この悩みを相談できるはずのパートナーは仕事の事やキャリアの事でキャパオーバー…。我が家の構造ではありますが、多かれ少なかれ、一般的な日本人の夫婦にも当てはまるのではないでしょうか?

僕がせめて育児と家事・炊事の一部を主体的にやろうと思ったのは、この構造に気づいてからです(遅いけど)。それが湘南でコンサルタントとして起業しつつ、ソーシャルビジネスを追求するという結論へと繋がりました。

育児と家事と言っても、中学生の息子のスポーツ・塾関係・進路関係、幼稚園の娘の送り迎え・お風呂当番ぐらい。全体の仕事量の2割ぐらいですかね。それでも妻にとっては心理的な負荷が軽くなり、心のキャパに余裕ができたと思う。

一番身近にいる女性活躍の為に、「男性の家庭進出」をN=1で実践する。お互いの心のキャパを考慮しつつ、お互いの心の器をうまく満たす。当社ソーシャルビジネスの検討の一環として、自分の身体を使って試してみています。これも1つの社会実験かもしれません。

 

freeFRIDAY、10月の予定

9月も終わりですね。今月合計3回freeFRIDAYと称した、「特に予定を入れずに鎌倉に留まって、だれかを待つ」という活動?をやってみました。鎌倉までわざわざ来てくれる人いないかなーと思って始めてみたら、意外や意外、毎回必ず誰かは遊びに来てくれて感謝!

仕事関係の雑談や後輩からのキャリアの相談、お薦めイタリアンでただ飲むだけとか、かなりのフリータイムでした。お客さんがいらっしゃるのは午後になるので、僕自身も午前中は坐禅を組んだり、娘の幼稚園関係の手続きをしたり、頭蓋仙骨療法を受けたり、半プライベート・半仕事のような自由な時間。

freebeeという屋号を名乗って活動しているので、これからもfree(自由)には拘りたいと思っています。他人にとやかく言う前に、先ずは自分自身から実践という事でね。金曜日は出来るだけ湘南・鎌倉で時間を過ごすことで、自分ならではの生き方・働き方を追求してゆきたい。

という事で活動を継続して行きますが、10月のfreeFRIDAYは、5(金)、19(金)、26(金)の3回を予定しています。26(金)の昼は既にご予約で埋まってますが、それ以外はまだ特に予定ありません。鎌倉・大船・藤沢・江ノ島・辻堂辺りでゆる〜く活動していますので、気が向いた方、急にお時間があいた方、たまたま近くまでいらした方、お声かけくださいー。

freeで在るという事

会社を創業して3ヶ月が経ちました。コンサルティング業務の方で定期的なお仕事を頂けたり、ソーシャルビジネス業務も少しづつ進展が見えたり、「食っていけるのか?」という親父からの問いに自問自答しながら、最初の休憩所までなんとか辿り着けた感じです。

「中島はフリーなマーケッターになったんだな」。今は某大手企業で社長をやられている、元上司から頂いた言葉がとても気に入っています。社会の中にある潜在的なウォンツを探求して、お客様にとっても自社にとっても価値のある事業を生み出すのがマーケッター。

「マーケッターという仕事を会社の枠を超えて展開できないだろうか?」なかなか踏ん切りがつかなくて葛藤していた数年を超え、飛び込んでみた今があります。

当社の屋号「freebee」(自由なミツバチ)の通り、自由に、創る事を楽しめばよい。虫や動物達と違って、人間は自分が生み出した思考にコントロールされてしまう事があります。でも、人だって自由にそれぞれの生き方、働き方を選んで良い。

万人にとっての正解なんて世の中にないのだから、あくまでも個人の納得解が大切。本当は他人や社会は関係なくて、I can be free anytime anyware(どこにいてもいつでも僕は自由で在ってよい)。

湘南・鎌倉に住みながら東京にボチボチ通勤する生活の中、都会の人達にもこの自由な海風をお届けしたい。これからも、みなさんが自由に想像力を発揮してゆく後押しができたら良いなと思っています。

freeFRIDAY@鎌倉、9月の予定

前回、「鎌倉で仕事の駆け込み寺やります!」と宣言してみたのですが、「鎌倉は遠いし、平日は無理です。休日にしてもらえませんか?」「駆け込み寺?そんなに思いつめた緊急の相談ないんじゃない?」

社内外から色々と異論もらいました。ネーミングも悪かった…。普通に東京で働いているビジネスパーソンが、平日の午後にぶらっと鎌倉に行く。そんな機会はそうそう取れないですよね。

実はこの企画の原点は、日本の事業部でマーケッターをやっていた頃に遡ります。ある程度経験も積んでミドル層になってからは、親しくしている後輩達から仕事やキャリア、家族の事など、相談を持ちかけられる事がたまにありました。

ある時、そのうちの一人から「以前に中島さんから『正解なんてないんだからさ、思いこむ必要ないよ』と声をかけてもらった。あの言葉に救われました」と言われた事がありました。

会話の流れの中で発した何気ない一言。彼自身が悩みを話す事でスッキリしたのかもしれないし、話す事で何か覚悟が決まったのかもしれない。人はそういう人との触れ合いの中から気付きを得て、自ら勇気を出してゆくのかもしれません。

もし僕のエネルギーを必要な人が社会にいるならば、自分が育ててもらった恩返しとして、経験値をいくらでもシェアしたい。話を聞く事で相手の悩みが軽くなるなら、喜んでお付き合いしたい。この歳になってそんな風に思うようになりました。

悩むのは悩めばいいけど、思い切り悩んだ後は動くしかない。でも、頭では分かっていてもなかなか動けない時ってあります。誰かの後押しが必要なタイミング。もし自分自身が後輩達にとってそんな存在でいて、背中をポンと押してあげられたら良いなと思う。

金曜日に少しの「非日常」を作る事で、自由であって良い事を思い出すキッカケになればと、企画の名前は、駆け込み寺改め、「freeFRIDAY」としました。

仕事の悩み相談でも、上司や会社の愚痴でも、キャリアの悩みでも、家族や子供の悩みでも、なんでも自由です。半年に一度でも、そういうシフトダウンの日があって良い。朝10時から午後5時くらいまで、僕も特段の予定を入れずに鎌倉の地でボーッとお待ちしてます 笑。

毎月数回、金曜日をfreeFRIDAYとして設定したいと思いますが、来月は、9/7(金)、14(金)、28(金)の3回の予定です。もしご興味あればFacebookでもメールでもお気軽にお問い合わせ下さい!海風そよぐ鎌倉でお待ちしております。

 

仕事の駆け込み寺@鎌倉、開催します!

起業から2ヶ月弱が経ち、有り難い事に数社からアドバイザーの仕事を頂くことが出来ました。会社の一部門であるコンサルティング活動が回り始めてきて、ホっとしている所です。本当にご縁に感謝です!

一方、ソーシャルビジネス部門の方は山あり谷ありで、、なかなか前に進めません…。でも、産みの苦しみも楽しみとして受け入れる。人生は全て経験だから、この経験も味わおうと思っています。

独立した事によって、企業内の雇われマーケッターから、自由に動けるフリーマーケッターになりました。先日、昔から親しくしている仲間から「今更だけどさ、マーケッターって何?」という質問が来ました。確かに企業外に出ると、マーケティングって専門職だし、仕事の内容が掴みにくいかもと思った次第です。

僕の回答は「マーケティングとは世の中に存在するニーズや潜在的な欲求(ウォンツ)を汲み取り、商品やサービスの形でお客様に提案した上で、その代わりに対価を頂く活動全般の事。需要=市場(マーケット)を創り出す人がマーケッターです。」

うーん、難しい…。その人からの反応も??でした。なんですかね、「世の為人の為になるような、何かの活動を起こしたり、商品を作ったりして、お金をもらう」みたいな感じかな。そんな仕事です。

僕は小さい頃から何かを「創る」事が好きだったので、子供がお絵かきを楽しんだり、レゴに熱中するように、世の中というキャンバスに、自由に絵を描くマーケッターで在りたいと思います。

普段、お得意先との打ち合わせ等がない限りは鎌倉に借りたシェアオフィスで勤務しております。素敵な畳の会議室があって、文字通り膝詰めの議論が可能。先日は親友の起業の悩み相談をやりましたが、なかなかリラックスして、非日常的な議論ができました。彼からも「とりあえず、〇〇やってみっか」みたいな一言がもらえましたし、次の一歩に進むヒントになれば何よりです。

そこで本日の思いつき 笑。ぶらっと鎌倉まで来て頂けたら、30分から1時間ぐらい仕事の悩み相談お受けします!仕事の悩みって、職場の人間関係、キャリア、ビジネスプランの事とか多岐に渡ると思いますけど、大抵は自分の中に答えを持っていると思うんです。進むか退くかの悩み。だからそれを口に出して人に話してみると、現実味を帯びてきて、行動に繋がりやすい。ちなみに相談料は無料です。駆け込み寺の和尚さんみたいになれたら、こちらも嬉しいので 笑。

真面目な話をした後は、明るいうちからビール(僕はその後の運転もあるのでノンアルコールかも)!湘南の風に吹かれながら、海を見ながらのリラックスタイム。この非日常感と開放感は一度味わうとヤバいです…。

鎌倉はちょっとだけ遠いですけど、わざわざ時間を割いて来るのに値する街です。ぽっかりスケジュールが空いた一日があったら、一度足をお運びください。メールでもFacebookでもご連絡お待ちしております!

キャリアの作られ方、「月記」マネジメント

働く事と生きる事、結婚したら家族の事、壮年男子には考えなければならない悩みが沢山ありますね。でも仕事に関する思考が大半を占めているのではないでしょうか?

1ヶ月という時間は本当にあっという間に過ぎてしまいます。歳を取ると体感スピードが年々速くなるので、43歳の今になると、「え、今年って2018年だっけ、2017年?」という笑えない話もリアルです 笑。

僕には17年前から続けている「月記」という習慣があります。単純にその月に取り組んだ出来事、それに対する自分の感想を箇条書きにするだけのシンプルなものです。日記を続けるほどマメではないし、1年に1回の振り返りでは大雑把過ぎるので、自分に合う習慣として定着しました。

書き出したキッカケは、広東省広州市で25歳の若手販売マネージャーとして大いに葛藤していた頃。成果を上げようと必死に生き急ぐ僕をみかねた?会社の先輩が「月記」をつける事を薦めてくれたのでした。

ほぼ20年に及ぶ記録なので、既に自分のキャリアが1つのストーリーになっています。「事実は小説よりも奇なり」と言いますが、自分で読み返しても波瀾万丈 笑。いつかトークイベントでもやって、後輩達にチャレンジと失敗の歴史を共有したい。

社会人3年目・25歳の記録には100%仕事の事しか書いていません。覚えたての広東語を駆使して、広東人営業マンを従えて前線に飛び込んで行く様子が生々しく記されています。新規エリア開拓の為に福建省に乗り込んだり、深圳市の卸売商の社長と直談判したり、文章を読むだけでエネルギーの強さと活動量の多さが伝わってくる。

でも実はこの裏側では、長男優大の介護を100%妻に任せきりにし、結果的に、妻がうつ症状になってしまうという事もありました。仕事に集中するあまり、家庭で起こっている事に気づく事もできない…。そんな20代後半でした。

社会人13年目・34歳の記録では、仕事の事70%、残りの30%はキャリアの悩みになっています。マーケッターとして色々な仕事にチャレンジしていましたが、マーケティングという仕事の楽しさに目覚めた様子がわかります。でも根底には「どうやったら自分はもっと成長できるか」という焦りも感じ取れます。35歳ってそういう年頃ですよね。自信もあるし、成果も1つ2つはある。だからこそ葛藤する。

僕はこの頃、家族との関係で色々あって、、結果的に長男の介護も手伝い、次男の育児を手伝うようになっていました。仕事に使える時間も限られてしまうからこそ、会社から与えられた仕事は自分のエネルギーの7割でこなし(手を抜くという意味ではなく、少ないエネルギーで最大の成果をだすという意味)、そこから更に3割ストレッチして、自分の幅を広げるための活動をしようとしています。転職活動や戦略コンサルティング会社を受けたりしたのもこの時期です。止まりたくなかったんですね。

その2年後、36歳の誕生日の日に長男優大が亡くなり、それから3年ぐらいかけて、勝ち負け・成長一辺倒の価値観が変化しました。ちょうどマネージャーに昇格して組織マネジメントにも携わるようになり、仕事の内容の半分以上はチームのメンバーへの指示出しやアドバイス、彼らの育成の為に考える事になりました。

こんな紆余曲折もあって、サラリーマン生活最後の「月記」は、組織マネジメント、事業マネジメント、プライベートマネジメントの3分割になりました。プライベートマネジメントの中には妻の働き方、息子の学校やスポーツ、娘の保育園の事、自分の生き方の事も書いてあります。でも、結局20年の間に、プライベートを最優先にして、与えられた時間の半分以上を使う事は実現出来ませんでした。

だからかも知れないけど、僕はワークライフバランス、働き方改革という言葉に若干のアレルギーがあります。本当は生きているからこそ働けるわけで、生きてゆけるのは家族や仲間の支えがあってこそなのですけど、働き方改革という言葉の響きに、仕事中心という前提を感じてしまうからです。

我々日本人には言われなくても頑張る気質・感覚があると思います。一生懸命やっていれば必ず報われる、サボっている人間にはいつかバチがあたる。そう思っているからこそ、言われなくても仕事を頑張るし、家族を犠牲にしてでも、自分の夢を犠牲にしてでも、与えられたチャンスを成果に繋げる事に集中する。

これはあくまで僕自身の過去のマインドセットですけど、同じように考えている壮年男子は結構多いんじゃないでしょうか?謙虚や一生懸命という美徳自体はとても素晴らしいものですが、やっぱり自分の人生を生きる、自分がやりたいように選択してゆく、自由に生きるという事を大切にしたい。

20代は仕事100%でも良いと思う。なにかを頑張ってやり切る経験、頑張ったけどうまくいかなかった経験、成功と失敗の実感は集中した時だけに得られるものだから。

30代は自分以外の人、パートナーや子供との関係性、自分だけではどうにもできない環境から学びを得られる時期。趣味なのかパートナーシップなのか、子育てなのか、仕事以外の事に幅を広げる良いタイミングです。僕の場合、長男の命と向き合うという経験があったお陰で、どう生きてゆくかを真剣に考えるキッカケになったし、だからこそ仕事に対しても背水の陣が取れたと思います。

今、40代も半ばに差し掛かり、これからは仕事(コンサルタント業)、ソーシャル、プライベートの3分割で自分に与えられた時間を使う事を試行錯誤しています。ソーシャルとプライベートは境目が曖昧だけど、それもまた新しいチャレンジでね。まだ2ヶ月でなかなかペースが掴めないけど、楽しんでいこうと思っています!

キャリアは作るものではなく、日々を大切に積み重ねて行けば自然と作られるもの。自分自身の成長も、他ならぬ自分自身が見守る事に意味があると思います。どんな方法でも良いですが、時に立ち止まり自分を見つめる作業はきっと役に立ちますよ。

 

ビーチラグビーサークル、freebee’s始動!

まだ自分の会社の運営もヨチヨチ歩きな中ですが、会社での余暇活動の一環としてビーチラグビーサークルを始動しました 笑。会社所在地である湘南・鎌倉のビーチで、自由な感じで、何かチームスポーツやりたい。それならやっぱりラグビーでしょうと。

ガチンコでぶつかるラグビーはプレーできる人・プレーできる年数は限られているけど、砂浜でやるタッチラグビーなら誰でもできます。実際このスポーツは、身軽なスポーツウーマンがムキムキのラガーマンに勝ったりするゲームです。

女性も子供もお腹の出たおじさんも、みんなが砂浜で、ゆる〜く走り回る。相手に対する勝ち負けよりも、熱々の砂浜で一生懸命走る事が楽しい。5人でやるチームスポーツなので、ラグビー経験がなくてもコンビネーションが決まった時は気持ち良ですよ。

実はこのビーチラグビーというスポーツは、毎年7月末の土曜に湘南平塚ビーチパークで大会が開かれています。僕も大学ラグビー部のOBチームで20年以上、海外駐在の時以外はほぼ毎年参加してきたので、その面白さを実感してきた一人です。

コンタクトラグビーをやっている時は、「相手のスタンドオフの脇腹に刺さるタックルをしてやる!」「トイメンには絶対負けない!」みたいな超体育会的価値観でプレーしてましたが…、歳を追うごとにそういう気力も体力もなくなり、

今はラガーマンOBとしてエンジョイラグビーを追求できるようになりました。バンコクでキッズラグビーのコーチをやらせてもらって、子供達の眼の純粋な輝きに触れられたからかもしれません。

今年は息子と一緒にビーチラグビーに初出場🏉の記念大会になりました。まだ正式部員は僕と息子の2人しか居ませんが、朝サーフィンならぬ朝ラグビーやりませんか?土曜日の朝に1時間ぐらい、江ノ島ビーチで練習しようかと思ってます 笑。ご興味ある方は是非!

グローバル人材とは?

自分のサラリーマンとしてのキャリアを振り返ると、海外関係の部署(含む海外駐在)が11年、日本国内向けビジネスの担当が9年、ちょうどうまい具合に国内と海外半々の経験を積ませて頂けました。僕の場合、自称他称共通で、見た目も中身も外国人なので 笑、良く言えばグローバル人材だと思います。

でもなんですかね、グローバル人材って。「日本はこれからどんどんグローバルになる」、「日本国内のビジネスに頼らず世界に撃ってでなければならない!」、「君たちの世代はグローバルな価値観を持たなければ」、そう言われてもねえ…。

一定期間外国に住んだ事がある人、身の回りに外国人がいる環境に居た事がある人ならともかく、大抵の日本人は外国人との触れ合いには不慣れだと思う。僕はこんな見た目なので、街角で英語で話しかけられる事がたまにありますが、その時の日本人の緊張感というか、不慣れな感じはこっちにも伝わるんですよ 笑。「あ、僕日本人です…」と言った瞬間に、相手がすごくホッとするのが分かる。これが日本の当たり前で、東京のサラリーマンですらそうなんだから、ましてや地方だったら外国人風なだけでみんなから避けられてしまいます。

難しいテーマですが、僕なりの経験則と自分自身の感覚で、日本人に限らずグローバルに活躍している人ってこんな感じじゃないか?を整理して見ました。

1.相手に対して歩み寄りの姿勢を持ち・フラットな目線を持っている。

2.自国以外の国の人たちの歴史や文化・価値観を積極的に受け入れる用意がある。

3.自国の文化や価値観に誇りを持っていて、自国を愛している。

この3つがキーかなあと思います。

言葉は勿論出来た方が良いけど、流暢に英語を話せることがグローバル人材ではない。英検とかTOEICのスコアも究極的には関係ないと思います。どんな価値観や考えを持っていて、何を伝えるかが大事なのであって、うまく伝える事だけを考えても意味がない。メモに書いてある英語を読み上げるより、相手の目を見つめて話すたどたどしい英語の方が相手には数倍伝わります。伝えようという意思があり、コミニュケーションを取りたいという気持ちがあれば、相手も理解しようと寄り添ってくれるものです。それは日本語でのコミュニケーションだって一緒ですね。

僕の場合、元々は小学校時代に「英語って面白い!もっと勉強したい」と思い立ったのが始まり。その頃から外国への興味はとても強く、中学三年生の時にアメリカに短期のホームステイにも行きました。大学で東京外大を選んだのも、英語以外の違う言語も話せたら、世界が更に広がるんじゃないかと思ったから。これから世界に飛び出して行く後輩達には是非「日本が例外、相手には相手の価値観がある。日本の常識が非常識という環境を面白がる」という気持ちで、自分の世界を広げて行って欲しいと思います。

サプライズ、創業記念パーティー

7月7日、七夕、ゾロ目でラッキーセブンの日。人生で初めてのサプライズパーティーを開いて頂きました!発案者は僕の妻の幸恵さん。全く気づいていなかったので、本当にびっくりしました。終始涙腺緩みまくり、泣きまくりの有難いパーティーでした。

妻は3ヶ月くらい前から準備をしてくれていたそうで、挨拶では「彼が人生で一番大事に思っているのが仲間だから、こういう形で応援の気持ちを贈りたかった。」と言っていました。

高崎高校ラグビー部の仲間達、東京外大ラグビー部の仲間達、味の素株式会社の仲間達。自分の人生の中で一番コアな仲間です。沢山の方が集まってくれて、都合が悪くて来れなかった人からもお祝いのメッセージをもらったり。本当に人間は「お陰様」で生かしてもらっていますね。

パーティー会場は鎌倉に暮らすキッカケになった「オステリアコマチーナ」。休日のランチという掻き入れどきに、貸切で、どんちゃん騒ぎを許してくれたマスターに感謝です。

実はサプライズ直前にちょっとしたハプニングがあったんです。店の前で高崎高校ラグビー部の友達、前橋に住んでいるはずのタクオが居たんです!

「え?お前なんで鎌倉にいるの?」と僕、
「あ、え?、うーん…。友達と大仏見に来たら道に迷っちゃってさ…」とタクオ。

そのあまりにオドオドした、しどろもどろの会話から、僕は一瞬で「若年性アルツハイマーだ!『明日の記憶』で見た徘徊ってやつだ!」と思いました。だって大仏は長谷駅だから、、鎌倉駅からは歩いたら相当な距離があるんですよ…。胸が張り裂けそうになって、涙をこらえるのに必死でした。

結局、彼はサプライズパーティーの時間に遅れ、絶対にやってはいけない、主賓と鉢合わせをやってしまっただけでした 笑。高校時代からの天然キャラ、僕の中に「ボケても不思議はない」という思い込みもあったんでしょうね。

でも、なんでそんなに涙まで出たのか考えてみたら、高校ラグビー部の面々は16歳から18歳までの3年間、ほぼ365日一緒に生活していたわけで、もう兄弟同然なんですね。大事な兄弟が辛い目に遭っていると思ったら、自分の身体を引き裂かれるような痛みを感じたという事だと思います。

彼だけでなく、人生の時々で出会い、心が通じ合った仲間というのは、もう親族と同じくらい大事な存在。本当は他人なのに、そんなに強い絆が生まれるなんて、生きるって素晴らしいなーと改めて実感しました。皆さんと少しずつしか時間が取れなかったけど、昔話をしたり、お酒を飲み交わしたりする中で、なんだかとても暖かい空気が流れているのを感じました。

妻は数年来ずっと「あなたが眼をキラキラ輝かせて、力を発揮してゆくのが見たい。やりたい事があるなら会社やればいいのに。」と言っていました。それは現実になりました!

これからも起業家として自分の人生を楽しみ、社会に生かされていることに感謝して、創造の喜びを味わって行きたいと思います。

freebee株式会社の中島広数と申します!

20年間のサラリーマン生活を卒業し、freebee株式会社を立ち上げた中島広数と申します。今43歳、家族は妻と次男と長女の4人暮らしです。実はもう一人長男が居たのですが、2011年に10歳の天寿を全うし、お空に旅立ちました。長男は生まれつき重度の心身障がいでしたが、彼の命の輝きは私たち家族に勇気と優しさ、そして与えられた命を生きてゆくエネルギーを与えてくれました。

僕は先月まで味の素株式会社の海外駐在員としてバンコクで働いていました。会社からはチャレンジングな仕事のフィールドを沢山与えてもらいましたし、能力を発揮する試練・チャンスにも恵まれました。味の素社での経験は自分の人生の宝物の1つです。

勿論、そのチャンスを実績に結びつけたのは「自分自身の才能と行動の結果」だという自負があります。しかしそれは同時に、上司・同僚・関係会社の仲間・取引先、そして妻を始めとする家族みんなに助けてもらったからであって、一人では絶対に成し遂げられませんでした。これから起業家としても、仲間を大切に生きてゆき、「お陰様」精神をモットーにしてゆきたいと考えています。

freebee株式会社はプロジェクトマネージャー集団です(まだメンバーは少ないですが)。社会の中にある潜在的なウォンツや顕在化されているニーズに取り組み、ビジネスの形で解決策を提案してゆきたい。それがきっと社会価値に繋がる。そう考えています。

一昨年ぐらいにムハマド・ユヌス博士が提唱する「Social business」という概念を英語の原文で読んでみて、その仕事の奥深さ・広がりを直感しました。そして、事業家としてのギフトを捧げてみたい!と思うようになりました。ママさん起業家である妻(本人に起業家意識はないでしょうが)が立ち上げた「shanti house」の活動も、当社のソーシャルビジネス部門の活動として取り込んでゆきます。

http://www.shantihouse.life/about

これから他社・他者様への事業開発コンサルティングにハンズオンで取り組むと同時に、自社でのソーシャルビジネス創業にチャレンジし、様々な角度から社会価値の創造に関わってゆきたいと思います。

「一人一人がありのまま輝いて生きる社会」夫婦で提唱するこのビジョンを、鎌倉・湘南の地で追求して参ります。これからも皆様の暖かい応援、ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。