グローバル人材とは?

自分のサラリーマンとしてのキャリアを振り返ると、海外関係の部署(含む海外駐在)が11年、日本国内向けビジネスの担当が9年、ちょうどうまい具合に国内と海外半々の経験を積ませて頂けました。僕の場合、自称他称共通で、見た目も中身も外国人なので 笑、良く言えばグローバル人材だと思います。

でもなんですかね、グローバル人材って。「日本はこれからどんどんグローバルになる」、「日本国内のビジネスに頼らず世界に撃ってでなければならない!」、「君たちの世代はグローバルな価値観を持たなければ」、そう言われてもねえ…。

一定期間外国に住んだ事がある人、身の回りに外国人がいる環境に居た事がある人ならともかく、大抵の日本人は外国人との触れ合いには不慣れだと思う。僕はこんな見た目なので、街角で英語で話しかけられる事がたまにありますが、その時の日本人の緊張感というか、不慣れな感じはこっちにも伝わるんですよ 笑。「あ、僕日本人です…」と言った瞬間に、相手がすごくホッとするのが分かる。これが日本の当たり前で、東京のサラリーマンですらそうなんだから、ましてや地方だったら外国人風なだけでみんなから避けられてしまいます。

難しいテーマですが、僕なりの経験則と自分自身の感覚で、日本人に限らずグローバルに活躍している人ってこんな感じじゃないか?を整理して見ました。

1.相手に対して歩み寄りの姿勢を持ち・フラットな目線を持っている。

2.自国以外の国の人たちの歴史や文化・価値観を積極的に受け入れる用意がある。

3.自国の文化や価値観に誇りを持っていて、自国を愛している。

この3つがキーかなあと思います。

言葉は勿論出来た方が良いけど、流暢に英語を話せることがグローバル人材ではない。英検とかTOEICのスコアも究極的には関係ないと思います。どんな価値観や考えを持っていて、何を伝えるかが大事なのであって、うまく伝える事だけを考えても意味がない。メモに書いてある英語を読み上げるより、相手の目を見つめて話すたどたどしい英語の方が相手には数倍伝わります。伝えようという意思があり、コミニュケーションを取りたいという気持ちがあれば、相手も理解しようと寄り添ってくれるものです。それは日本語でのコミュニケーションだって一緒ですね。

僕の場合、元々は小学校時代に「英語って面白い!もっと勉強したい」と思い立ったのが始まり。その頃から外国への興味はとても強く、中学三年生の時にアメリカに短期のホームステイにも行きました。大学で東京外大を選んだのも、英語以外の違う言語も話せたら、世界が更に広がるんじゃないかと思ったから。これから世界に飛び出して行く後輩達には是非「日本が例外、相手には相手の価値観がある。日本の常識が非常識という環境を面白がる」という気持ちで、自分の世界を広げて行って欲しいと思います。

サプライズ、創業記念パーティー

7月7日、七夕、ゾロ目でラッキーセブンの日。人生で初めてのサプライズパーティーを開いて頂きました!発案者は僕の妻の幸恵さん。全く気づいていなかったので、本当にびっくりしました。終始涙腺緩みまくり、泣きまくりの有難いパーティーでした。

妻は3ヶ月くらい前から準備をしてくれていたそうで、挨拶では「彼が人生で一番大事に思っているのが仲間だから、こういう形で応援の気持ちを贈りたかった。」と言っていました。

高崎高校ラグビー部の仲間達、東京外大ラグビー部の仲間達、味の素株式会社の仲間達。自分の人生の中で一番コアな仲間です。沢山の方が集まってくれて、都合が悪くて来れなかった人からもお祝いのメッセージをもらったり。本当に人間は「お陰様」で生かしてもらっていますね。

パーティー会場は鎌倉に暮らすキッカケになった「オステリアコマチーナ」。休日のランチという掻き入れどきに、貸切で、どんちゃん騒ぎを許してくれたマスターに感謝です。

実はサプライズ直前にちょっとしたハプニングがあったんです。店の前で高崎高校ラグビー部の友達、前橋に住んでいるはずのタクオが居たんです!

「え?お前なんで鎌倉にいるの?」と僕、
「あ、え?、うーん…。友達と大仏見に来たら道に迷っちゃってさ…」とタクオ。

そのあまりにオドオドした、しどろもどろの会話から、僕は一瞬で「若年性アルツハイマーだ!『明日の記憶』で見た徘徊ってやつだ!」と思いました。だって大仏は長谷駅だから、、鎌倉駅からは歩いたら相当な距離があるんですよ…。胸が張り裂けそうになって、涙をこらえるのに必死でした。

結局、彼はサプライズパーティーの時間に遅れ、絶対にやってはいけない、主賓と鉢合わせをやってしまっただけでした 笑。高校時代からの天然キャラ、僕の中に「ボケても不思議はない」という思い込みもあったんでしょうね。

でも、なんでそんなに涙まで出たのか考えてみたら、高校ラグビー部の面々は16歳から18歳までの3年間、ほぼ365日一緒に生活していたわけで、もう兄弟同然なんですね。大事な兄弟が辛い目に遭っていると思ったら、自分の身体を引き裂かれるような痛みを感じたという事だと思います。

彼だけでなく、人生の時々で出会い、心が通じ合った仲間というのは、もう親族と同じくらい大事な存在。本当は他人なのに、そんなに強い絆が生まれるなんて、生きるって素晴らしいなーと改めて実感しました。皆さんと少しずつしか時間が取れなかったけど、昔話をしたり、お酒を飲み交わしたりする中で、なんだかとても暖かい空気が流れているのを感じました。

妻は数年来ずっと「あなたが眼をキラキラ輝かせて、力を発揮してゆくのが見たい。やりたい事があるなら会社やればいいのに。」と言っていました。それは現実になりました!

これからも起業家として自分の人生を楽しみ、社会に生かされていることに感謝して、創造の喜びを味わって行きたいと思います。

freebee株式会社の中島広数と申します!

20年間のサラリーマン生活を卒業し、freebee株式会社を立ち上げた中島広数と申します。今43歳、家族は妻と次男と長女の4人暮らしです。実はもう一人長男が居たのですが、2011年に10歳の天寿を全うし、お空に旅立ちました。長男は生まれつき重度の心身障がいでしたが、彼の命の輝きは私たち家族に勇気と優しさ、そして与えられた命を生きてゆくエネルギーを与えてくれました。

僕は先月まで味の素株式会社の海外駐在員としてバンコクで働いていました。会社からはチャレンジングな仕事のフィールドを沢山与えてもらいましたし、能力を発揮する試練・チャンスにも恵まれました。味の素社での経験は自分の人生の宝物の1つです。

勿論、そのチャンスを実績に結びつけたのは「自分自身の才能と行動の結果」だという自負があります。しかしそれは同時に、上司・同僚・関係会社の仲間・取引先、そして妻を始めとする家族みんなに助けてもらったからであって、一人では絶対に成し遂げられませんでした。これから起業家としても、仲間を大切に生きてゆき、「お陰様」精神をモットーにしてゆきたいと考えています。

freebee株式会社はプロジェクトマネージャー集団です(まだメンバーは少ないですが)。社会の中にある潜在的なウォンツや顕在化されているニーズに取り組み、ビジネスの形で解決策を提案してゆきたい。それがきっと社会価値に繋がる。そう考えています。

一昨年ぐらいにムハマド・ユヌス博士が提唱する「Social business」という概念を英語の原文で読んでみて、その仕事の奥深さ・広がりを直感しました。そして、事業家としてのギフトを捧げてみたい!と思うようになりました。ママさん起業家である妻(本人に起業家意識はないでしょうが)が立ち上げた「shanti house」の活動も、当社のソーシャルビジネス部門の活動として取り込んでゆきます。

http://www.shantihouse.life/about

これから他社・他者様への事業開発コンサルティングにハンズオンで取り組むと同時に、自社でのソーシャルビジネス創業にチャレンジし、様々な角度から社会価値の創造に関わってゆきたいと思います。

「一人一人がありのまま輝いて生きる社会」夫婦で提唱するこのビジョンを、鎌倉・湘南の地で追求して参ります。これからも皆様の暖かい応援、ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。