2018年記、お陰様で素晴らしい一年でした!

かれこれ18年前から続けている「月記」の習慣。仕事やキャリアの事=ビジネスマネジメント、組織内の人間関係の事=対人マネジメント、自分の興味や家族の事=プライベートマネジメント、大きく分けるとその3分野について行動した結果を中心に書いています。

過去、ビジネスマネジメントに自分の労力や時間を7割使っている年もあれば、対人マネジメントに5割ぐらい使っている年もある。毎年そのバランスは変わる訳ですけど、共通して言えるのは、過去18年間はプライベートマネジメントに費やす割合が常に少なかった。良い意味でも悪い意味でも企業人だったという事で…。

そういう意味で今年はいつもとは違う年。多くの時間を起業準備や起業後のスタートダッシュに費やしたけど、それが仕事(ビジネスマネジメント)かと言うとそうも感じない。ずっと興味があったソーシャルビジネス探求は個人的な興味でもあるし、仕事でもある。今一年を振り返ると、プライベート=ビジネス、の一年という表現が合っているように感じます。

 

1月末、直属の上司と本部長に起業の意思を伝えました。大変に驚かれたし、留まるように説得もされましたが、お二人とも昔からの僕を知り理解してくれる方。最後は快く送り出してくれました。本当にこのタイミングでお二人の元で働けたご縁に感謝。

5月、会社の中で退職情報がオープンになり、ちょっと騒然となりました。良い高校・良い大学・良い会社・社内でも順調に出世 笑。自分で言うのもなんですけど、理想的なサラリーマン人生でしたからね。

でも、自分の中では別に唐突な進路変更ではなく、ずっと前から決まっていた事のように感じます。胸の中にあった「いつか組織を興し、その長をやりたい」という想いを行動に移しただけ。行動にはちょっとの勇気が必要でしたけど、それは10年間の生涯を全うした長男からの学びに助けられました。「命は必ず尽きるのだから、やりたい事は先延ばしにしない」

8月、月記の文面に起業の苦悩が現れています。あまり大きな売上が計上できず、固定経費だけが出てゆく状態に焦り、、ピリピリし過ぎて妻や子供達にも当たってしまう…。家族にも心配をかけました。今でこそ複数の案件をお手伝いするようになり、少し安定的な売上が見込めるようになりましたけど、お盆の頃は本当にどうなることかと思った。いつも支えてくれる家族、ビジネスパートナー、お客様に本当に感謝!

11月、鎌倉山に購入した自宅兼事務所のリフォームが完成。昨年末の緊急帰国から一年経ち、漸く妻が心から落ち着ける環境を整える事が出来ました。自分にとっても昼ビール環境が整った事で 笑、100日勝負・全力疾走に一息つき、相変わらず高速ではあるけど定速ペースに落ち着く事が出来ました。

 

モノづくり・マーケティングが大好きな自分が、広くグローバルに、アドバイザー業務や投資サービスを提供する会社を作ってみる。2018年は「人生は壮大な社会実験」という意識が前に動いた年でした。

freebeeという集まりは、ソーシャルビジネス創業とコンサルティングビジネスの両輪を回す会社です。これからも自分自身がfreeなマーケターで在り続け、沢山の仲間達と繋がって、世の中に新しい提案を出し続けて行きます。

来年も月一でfreeFRIDAYを開催してゆきますので、皆さま是非鎌倉までお出かけください。非日常的な大人の遠足は、ビジネスにもプライベートにも活力を与えてくれると思います。それでは今年一年お世話になりました、良いお年を〜!

 

 

 

 

Shanti Houseトークイベント@広州

先週末、15年前に家族3人で駐在していた広州を訪れ、これで第6回となるShanti Houseトークイベントを実施してきました。今回は単独講演で、7年前に亡くなった長男との暮らしや学び、どうしてソーシャルビジネスの世界に入ろうと思ったのか、そんな僕個人の生き方の話にフォーカスしました。

当時の僕は24歳。会社からもらった初海外駐在のチャンスを形にしようと必死でした。今や発展目覚ましい深セン市に支店を開設する為に1週間泊まりがけで出張したり、広東省内や福建省、湖北省などの遠隔地を訪れては新規の取引先を開拓したり。

当時の中国は(今もだけど)ドッグイヤーと言われるぐらいのスピードで発展していて、販売マネージャーとして、部下を数十人待たせてもらって現場を取り仕切る仕事は、やり甲斐が半端なく充実していました。生まれて半年の優大も広州に呼びましたが、医療体制も十分ではなく、てんかんの発作も完全にはコントロールできない中、中国語も話せない妻を家に置いて僕は仕事に飛び回っていました。

療育施設というものもない中国で、独りぼっちの介護・育児に2年半奮闘し続けた妻は、遂にノイローゼになってしまい日本に戻ってゆきました。それでも僕は会社の上司に頼んで単身赴任をさせてもらい海外駐在員のポストとキャリアを手放さなかった。生きるとはどういう事か、家族の大切さ、そういう事が見えないぐらい、勝つ為だけに生きている若者でした…。

仕事で成果を出す為にはのめり込む事が何よりも大切。今でもそう思っています。ただ、当時の自分は仕事100%で、そうする事が僕たち夫婦にとって最善であるという事を疑っていませんでした。本当はライフが無かったら、ワークなんてできない。それも自分だけの物ではなくて、家族みんなで一緒に作ってゆくライフ。家族みんなが生き生きと過ごせるかどうか、それが一番大切な事だと気づくことができなかったんですね。

※その辺りの話は妻と2人で書いた回想録に書いています。もしご興味ありましたら、是非お読み頂けたら嬉しいです。「優大と私たちの10年間の物語」

 

広州には当時の仲間がまだ残っていて、その中には現地で結婚されてお子さんを授かった人もいます。当時の自分の表の顔(海外駐在員・敏腕営業部長)しか知らない彼らに、裏の顔(家庭を一切顧みない駄目パパ)を自虐的に公開して来ました。その上で、自分がどれだけ浅はかだったか、その後に息子や妻からどんな事を学び、何故起業家という選択をしたのか、そういう事をシェアしてきました。

「誰にでも遺せて利益だけあって害のないもの、それが勇ましく高尚な生涯である。この世は悲嘆の世でなく歓喜の世である事を自分の命を使って体現して、その生きる姿をこの世への贈り物として去ってゆく。」私の人生の座右の銘となったこのメッセージを仲間にも伝える事ができたかなと思います。※内村鑑三著「後世への最大遺物」から内容を引用しました。

僕の人生の第3ステージ、「起業家としてありのままに生きる」はまだ始まったばかり。家族を始め、周りの皆様の暖かい支えのお陰で、思いのほか順調に離陸する事ができました。これからも自分の生き方・働き方を楽しみつつ、それが結果的に後世に遺ってゆくような、そんな風に毎日を生きてゆきたいと思います。

Shanti Houseの活動としても、また夫婦2人で一緒にトークイベント(夫婦漫才的な)やワークショップをやってゆきたい。海外は難しくても、日本全国でそんな機会が増えたら嬉しいです。まずはここ鎌倉・湘南からスタートかな。引き続きご支援を宜しくお願い致します!