一瞬の価値

僕はバックトゥザ・フューチャーという映画が大好きです。一瞬一瞬の判断がその後の人生にどう影響するかを描いた映画で、昔から何度も観てるのに、未だにワクワクドキドキ観てしまう。

人間は過去にも未来にも生きられず、「今」しか生きることはできません。時間の流れのなかでは、いくつものパラレルワールドが同時に存在しうるけれど、どんな未来を創るかは、今をどう生きるか次第。

夏休み中、バスケ部の最上級生になった息子と早朝自主練習をやりました。昨日の試合、練習したプレーを下手なりに、一生懸命試そうとする姿を見て涙が出そうになりした。

先日娘をプールに連れて行ったら、僕の目の前で突然「泳げた!パパ泳げたよー!七夕様にお願いしといたお陰だよ!」と言って眼をキラキラさせて喜んでる。そんな瞬間にも立ち会う事が出来ました。

別に大した事のない日常なんですけど、実はこの瞬間はもう二度と訪れない。この光景を眼で見る事は人生でもう二度とない。

子供達のキラキラに直接触れられるチャンスって、多分あと数年しかないんですよね。同様に、僕が40代でバリバリと起業家活動をできる時間も、あと数年しかない。どっちかを取るという選択は出来ないんです。

じゃあどうするか?

今の一瞬、普通の毎日を疎かにせず、じっくり味わう事かなと。仕事を必要以上に詰め込み過ぎない、焦らない。家族との時間は短くても濃く。そのタイミングでの一瞬を出来る限り丁寧に過ごそう。

最近、そんな風に思うようになりました。僕みたいな生き急ぎタイプには、それが結構難しいけども 笑。

命には限りがあり、普通の時間の積み重ねが人生。リラックスする心を自分に許して、今を楽しみたいと思います。

※久々の週末ブランチ@七里ヶ浜のカフェ

新サービス・パーソナルコーチング始動!

鶴岡八幡宮のほど近く、新事務所を契約した事に合わせて、新サービス、パーソナルビジネスコーチングを始動しました!

自分が10年以上に渡りマーケティング実務の現場で蓄積してきた経験、蓄積してきた商品企画やマーケティングマネジメントのノウハウ。それらを体系化し、マーケティングに携わる後輩達に伝えたい。

そんな想いから、起業当初から少人数もしくは個人向けのマーケティングコーチング塾はアイデアの中に入っていました。

昔企業でカテゴリーマネージャーだった頃も、月一朝塾では、事前準備なし、質疑応答とディスカッション中心の講義を継続していました。OFFJTや普段のOJTでも行き届かないピンポイントの悩みに対応する臨機応変スタイル。

今回、某FMCGメーカー様からご依頼頂き、2ヶ月間のマーケティング実務研修のプログラムとして確立する事が出来ました。発注元の部長様、受講生からも大変好評を頂き、我ながら良いプログラムがてきたなと自画自賛 笑。

先週は2dayの短縮版ワークショップを、別な企業の担当者様に実施。まるでチームの夏合宿のような感じで、商品企画や販売キャンペーンなど、色々とアイデアが広がっていました。

新しいオフィスは鎌倉段葛の大鳥居の先にあります。広いイベントスペースがありますので、グループ合宿、ワークショップ、勿論少人数マーケティング研修等、色々とご用命お待ちしております!皆さま是非鎌倉までお越しくださいねー。

「我がまま」の良い面

起業して一年が過ぎ、大分働き方にリズムが出てきた感じがします。一言で言うと、自由 笑。商品開発のお手伝いや、事業コンサルティングの仕事がとても楽しいです。

去年の今頃は、もちろん自信はあったけど、本当に食べていけるのか不安でした。妻からは「絶対うまくいくと思う。根拠はうまく言えないけど。」と言われ続けていて、

「何故そう言い切れる?根拠はあるのか?」、「こっちは大変なんだぞ!簡単に言うな」とイライラをぶつけたり、すれ違いもありました。

でも最近になって、本当に妻が言ったあの言葉通り、なんとかなってきました。妻から「やっぱり〜、私の仮説正しかったでしょ 笑!」と言われて、なお不思議。

多分ポイントは一つで、楽しんでやっているかどうか、なんだと思います。彼女の質問もいつも「それ、楽しいの?」「その仕事やりたいの?」だけでした。

やりたい事を、楽しんで、我がままに、一生懸命にやり続けたら必ずうまくいく。そんな法則が世の中にはある。人は、うまく行くことを感覚的に知っているから、自分を信じることさえできれば、その道に進むことができる。

他人の自由を奪うような「我がまま」はダメだけど、「我がまま」だからこそ、あるがままに人生を楽しめるという良い面があるのかもしれません。

好きか?やりたいか?楽しいか?自分の感覚を信じて、考え過ぎず、自分の気持ちを一番に。それがこの一年の順風な出航の秘訣だったと思います。

改めて、「我がまま」を受け入れてくれて、いつも支えてくれる妻と会社のスタッフに感謝!

侍マーケター海を渡る!

一昨日、とても仲良しのマーケター2人の海外駐在壮行飲み会でした。前職の家庭用事業部で10年間、現場のマーケティングを一緒にやり切った仲間です。

聞けば彼らの日本最後の壮行会のチャンスを、私との「湘南呑み」に与えてくれたそう!有り難い事です。昔話やこれからの話に花が咲き、3時間以上クラフトビールを飲み続けました。

 

彼らが今までに身につけたスキルと経験を活用すれば、海外マーケティング現場で大きな成果を掴む事は間違いないでしょう。

僕はよく、日本のマーケティングと海外のマーケティングの違いを、テレビ番組のストラックアウトに例えます。9マスの的を投手が射抜く、あのゲームですね。

日本のブランドマーケティングは、4かける4の合計16マス。とても小さくて当てるのが難しいマスです。限られた時間で、一つづつ射抜いて行く、緻密さと根気が必要な仕事です。

一方、アジア新興国でのマーケティングは、2かける2の合計4マス。一見すると大きい的だし、簡単に射ぬけるような気がする。でも実は投げる球が重い鉄製 笑。

鉄の球を投げるだけのエネルギーと、一発で射抜かなければいけない度胸が試される仕事です。

僕自身、企業在籍時の20年間で、日本とアジア新興国の現場のマーケティングに携わらせてもらいました。その経験は、本当にpriceless。お金を出しても得られない体験。

彼らもまた、鉄の球を投げられる肩を持ち、かつ緻密なコントロールもできるマーケター。海外での仕事が大変なのは間違いないけど、きっとやり甲斐と楽しさを感じるはず。

侍マーケターが海を渡ります。彼らが作るだろう、5年後の素晴らしい未来が楽しみ〜。

身体だけは気をつけてね!

インド1人旅日記【最終回】

インド旅日記のラストは瞑想体験について。リシケシュという街の力なのか、アシュラムの瞑想ドームの力なのか、僕は瞑想中に神秘体験を経験できました。

リシケシュは、古くはジョン・レノンも訪れて、瞑想の為に長期滞在した街。今はそのビートルズアシュラムはゴースト観光スポット 笑 だけど、ビートルズ好きの自分が惹かれるようにその街に行ったのも運命かも。

旅日記を読み返すと、今こうして起業家として生きている原点、freeという感覚を得たのはこの時からだった事がわかります。

社長業をやりたい、事業を創りたい、ソーシャルビジネスにチャレンジしたい、なるようになる、好きなように生きてみよう。

ここが始まりの始まり。

以下日記から抜粋↓

 

瞑想のポーズは手を広げた方がリラックスできる。今日は自分自身が呼吸と一体になり、ガイコツの状態になっても呼吸が続いていた。

宇宙が身体の中に入ってきて、自分も宇宙と一体になる感覚。太陽をイメージすると、砂漠の中にたたずむ自分の存在をイメージできる。

身体の感覚は多少残っているけど、大気と一体になっている感覚がある。

急に、Shanti とは心の自由、freeだという事に気付いた。ありのままに、自分をリラックスさせる自由。

大切な事は、自分が何をどう感じるか。一杯のチャイが空腹にしみ込んでゆく感じに、生きてるって素晴らしいと思う。

世の中では利他の心を持つように言われているけど、自利が必要。世の為、人の為を優先しすぎては、自分を感じなくなり、自分の存在を小さくしてしまう可能性がある。

feel free and allow your body relaxed, Shanti shanti shanti!

 

いつだって自分は自由でいていい。自由とは自分の心のままに生きること。インド1人旅の最大の学びがそれでした。

やらなければいけない事が沢山あって、もっと頑張らなければと思う自分がいる。現実の世界の毎日はいつも気ぜわしいです…。

だからこそ、どんな時もfeel(感じる力)を失わない。今改めて、大切な事だと思います。

インド一人旅日記②

4年前のインド一人旅日記の2回目です。

鎌倉で知り合ったサーファーの友人・パパ友が、「え?中島さんインド行くの?だったらお薦めの本があるよ」と言って貸してくれたのが「SHANTARAM」という小説。ネタバレするのであまり書けませんが、オーストラリア人の脱獄囚が、インドに亡命して壮絶な体験をするというハードボイルドストーリーです。

この小説を片手に、ヨガや瞑想に触れる旅は、インドという国の混沌、生々しさ、生きる力の強さ、そして生きるということの意味、を体感する旅。

ニューデリー〜ハリドワール〜ヨガの聖地リシケシュまでの記録です。↓

機中でシャンタラムを夢中になって読んだ。自分の幸せを本当に大事にするインド人。全ての人がいて、この世界が成り立っている事が腹落ちしているからこそ、人として対等なんだと思う。

皆が自分の為に生きている。日本人は他人の為に生きている人が多いと思う。今回の旅では金が続く限り、インド人を信じてみようと思う。裏切らない!そう信じてやってみる。

ホテルの排気ガス臭いシーツやバスタオル。19歳の時に中国に一人旅に行った時の感覚を思い出す。でも嫌いじゃないな、このリアル感。

ガイドさんと一緒にハリドワール駅までチャータータクシーで。帰りの鉄道チケットはやはり買えない。年末年始に当日チケットなんて買えるわけないか。日本や中国ではこういう時に窓口で怒鳴っている人がいるんだけど、インドでは怒ったりイライラしている人がとても少ない。

ヨガニケタン・アシュラム(道場)に到着。一人修行に集中できる環境、非常に快適。初めてのガンジス河は雄大!たっぷりの水がゆっくりと流れていて、過去にも未来にも脈打つように流れていると思うとすごい。

部屋に入るとすぐに停電。事務所に言いに行くと「ああ、今はもう電気がきてるよ」と。確かに停電は一瞬の事だったようで、部屋に戻ったらなにも問題なかった。

本当は昼間に電気が消えても何も困らない。やっぱり自分の中に恐れとか焦りがあるんだなあ。

インドは我先にという焦りのようなものが、他のアジア諸国よりも少ないように感じる。ドライバーも必要以上の追い越しをしない。必要なように、自分が良いように、足るを知る感じがある。すごい国。

 

次はリシケシュでの瞑想・ヨガ体験について書きます。乞うご期待!笑

優しさと慈しみの心

本日4月19日は我が家の大事な記念日です。8年前に10歳でお空に旅立った長男優大の命日、そして僕の誕生日でもあります。

毎年この日は、優大が好きだった温泉に行き、彼を慈しみつつ、家族も美味しい料理と温泉を楽しむ事を繰り返しています。

彼と過ごした経験のある次男、彼とは空の上でしか会ったことがない長女も含め、僕らはいつまでも4人で5人家族。

そんな風に家族のきずなを再確認する日、そんな命の日です。

 

優大の命は彼のもの

俺の命は俺のもの

命とは与えられた時間

 

与えられた時間を使って

自分のやりたいように生きる

 

身体がなければできない経験を積み

身体を使い切って

魂の故郷に帰る

 

命に長さは関係ない

命を味わったかどうか

人それぞれ自分の人生の主役

 

故郷では優大が待っている

いつか見た再会の夢は

自分の魂だけが知っている真実

 

優ちゃんと天国でハイタッチ!

太く短く生きた優ちゃんの分まで

僕も自分の命を生ききる

 

優大が旅立って8年になりますが、仏壇に手を合わせるといつも、守られている感じがします。

僕はいつだって一人じゃない、そう思えるからこそ、思い切って生きる事ができていると思う。

優大、僕に優しさと慈しむ心を与えてくれて、ありがとう!僕らはこれからも君のパワーを感じながら、楽しく生きてゆくよ。

最近お知り合いになった方にはご紹介していなかったので、妻と2人で書いた手記のリンクもシェアさせて頂きます。

いつもfreebee社と社長ブログを応援して頂き、ありがとうございます!

「優大とわたしたちの10年間の物語」

インド一人旅日記①

家の片付けをしていたら、2015年12月末にインドに一人旅をした時の日記が出てきました。

当時は39歳。仕事でも満足のいく実績を残せて、チームのメンバーとも楽しく働いていて、それなのに突然右手が上がらなくなってしまった。

「四十肩か!」とか笑ってたけど、今ならその理由が分かります。長年身体と心を酷使し続けた事でストレスが蓄積していたんです。

インドへの一人旅は、自分自身が何者で、これからどこへ向かうのか、自分の「ありのまま」を見つけに行く旅でした。

後輩世代達が今同じような気持ちで生きているのかな?なんて思い、日記の抜粋を連載してみようと思います。

途中でかなりのスピリチュアルストーリー出てきますので、嫌いな人は読まないでね 笑。決して無理矢理仲間に引き入れたり、壺を売りつけたりしませんからー。

↓日記です

151226 快晴 成田

Shanti Houseを立ち上げ、共同代表を要請してくれた事、年末年始に9日間の自由を与えてくれたさっちゃんに心から感謝したい。

自分のありのままは、

1.既成概念にとらわれずに新しい価値を創り出す事。

2.常にポジティブであり、仲間を信頼して仲間と共にある事。

3.大局観を忘れない事。

今朝いつものように時間に余裕を持って出発。藤沢駅で成田エクスプレスのチケットを購入しようとしたが、駅員さんが手間取って結局予定していた東海道線に乗り遅れた。

何故か?俺の駅員さんへの注文が複雑だったからだ。定期は鎌倉-東京、藤沢からJRに乗るのに品川からの成田エクスプレスのチケットを買いたがる、、

今こうして無事に到着して、成田空港のラウンジでビールを飲みながら日記を書いている。

「大丈夫、なるようになるんだからさ」おおいなる力がそう言っている気がしてならない。そんな一人旅のスタート。

俺の目にインドがどう映るのか、それを心から楽しみにして、一人旅に送り出してくれたさっちゃんに改めて感謝したい。LINEやり取りしながら涙出てきた…

いざ、天竺へーー!

①終わり

みんな違うから良い

4月から弊社に新しい仲間が2人加わります!詳しくは追って、ホームページを改訂してからご案内させて頂きます。

今日のタイトル「みんな違うから良い」。実はこの言葉には本歌があります。同世代のパパ・ママは知ってるかもですが、EテレでKONISHIKiが歌っている歌で「みんな違って、みんないい、みんな違って、みんないい〜」というもの。

障がい児と健常児、合わせて3人の子育てに関わる中でこの歌に触れ、その歌詞の本質的な素晴らしさに感動した記憶があります。

「みんな違うから良い」。そう信じて生きてゆく事で、人生が豊かで華やかになることは間違いありません。

でもそれだけでなく、僕はこの概念は仕事上の組織運営でも成功の為の大事な概念であることを確信しています。

そう信じるようになった原点はラグビーです。このスポーツに自分や息子が関わって既に30年弱。

ラグビーは、太った力持ち、手足が長いのっぽさん、人をまとめる不思議な魅力がある人、キック力が以上にある人、足の速さだけなら誰にも負けない人、色々な個性のメンバー15人でプレーします。

個性がみんな違うからそのチーム毎に戦い方は無限にある。みんな違うからチームに個性が出るんです。そして、みんな違うからこそ、一緒に何かを成し遂げた時の感動は大きい。

僕は味の素社にお世話になっていた時代、中国広東省で外食営業の組織を作った時も、日本のマーケ部門でグループ長をやっていた時も、組織運営では「多彩」を好んでいました。

個性が強い人達が大好きだから、敢えてそういうメンバーを集めるし、メンバーの個性を引き出す事をいつも念頭に置きます。

社内で「うちのグループは動物園と園長みたい」と言われたりしてて、その話を息子にしたら、彼が「園長がゴリラだよね」と。誰がゴリラじゃ!笑

チーム全員で何かを成し遂げる事が楽しい。チームに個性が沢山あるからこそ引き出される魅力がある。全ての人間が素晴らしい個性を持っている。

そう信じるようになってから、仕事上での組織運営でも、加速度的に成功に繋がることが多くなりました。まさにチームの醍醐味。

今度弊社の仲間になる一人は、「薬膳漢方・食・お店運営」に深い経験と強みがあります。でも彼女はそれを強みであるとはあんまり意識していなかったみたい。

自分ができる事・自分がやりたい事って、自分では意外と気付かないものなのかもしれませんね。

でも過去にしてきた選択とか、今一番ワクワクする事とか、そういう事を伺いながらじっくり観察してみると、実はその人の方向性にはある一貫性がある事がわかります。

僕とは全く異なる個性を持っているからこそ、チームに入ってもらう事で新しい化学反応が生まれるはず。チームプレーの楽しさと妙を経験的に確信してきた自分のやり方です。

異才が多彩を放ち、みんなが力を合わせて何か見た事もない事を生み出す。そんな現場に立ち会えるだけで、生きてて良かったと思う。自然発生的に色々なプロジェクトが生まれてゆくのは楽しいから、freebee という枠組みを作った意味があると思います。

いつも生活I.Qの低い社長を支えてくれるスタッフ、チームの仲間になってくれる皆さまに改めて感謝!

根拠のない自信が大事、でも詰め込み過ぎは禁物。。

大袈裟なタイトルをつけてしまいました。。10年以上ぶりにインフルエンザにかかりました 笑。

自分がインフルエンザを意識した最後の記憶は2009年まで遡ります。新型インフルエンザ(今は普通のA型の一種に分類されているようです)が次男の保育園で流行した時でした。

ちょうどイタリア出張の大仕事を翌週に控えていた僕は、「パパ抱っこ!」と寄ってくる息子に、「Don’t touch!」とか言いながら、妻が引くぐらいの一人隔離政策を取っていました。。当時は「家族の事で仕事に穴は絶対あけない!」と必死だったから。

結局、その時はインフルエンザにはかからず、無事にイタリア出張のミッションも終了。ほっと一息とともに、「自分はインフルエンザにはかからないんだー!」と根拠のない自信を持つに至りました。

2011年に長男優大が亡くなってからは、更にインフルエンザ警戒モードが遠のいて行きました。次男も長女もまだ小さかったけど、重症化リスクのある障がい児がいる緊張感のある生活からは解放されていた。

いつの頃からか「よし我が家はインフルエンザにはかからない(と信じよう)」と決め、予防接種も受けないし、特に対策もしないままに過ごすようになりました。我関せずを通す感じですね。

その間、職場ではインフルエンザの人が出たりもしていたけど、「俺はインフルエンザにはかからないから」と信じて、同僚達にもそう宣言して回るだけで、本当に10年間一切罹患しませんでした。

世の中の大抵のことって、本人の思い込みに左右される部分が大きいと思うんです。その人が思った通りに身体は反応する。「最近寒いから風邪ひきそう」→風邪をひく、「インフルエンザ流行ってる、嫌だなあ」→かかる、みたいな。

「病は気から」という言葉もある通り、人間って自分の意志の力は身体にも色々な影響を及ぼします。それはポジティブでもネガティブでも両方とも。だから、根拠のない自信が、自分を守る一番のお守りなんです。

ちなみに、なぜ今回僕がインフルエンザにかかってしまったか。原因は明らかでして…。健康過信による仕事の詰め込み過ぎと、油断です。

娘の幼稚園でインフルが大流行し、娘も罹患してしまいました。でも僕は「俺は大丈夫」という自信過剰で、その娘と濃厚接触しても手も洗わず、消毒もせず、普通に食事したりしてました。。起業後の疲れも溜まってるし、体力も落ちていたにも関わらず油断しまくってました。

いくら根拠のない自信があっても、油断してとるべき対策を取らなかったら駄目です。(当たり前か!)

今回クライアント様にもご迷惑をおかけしてしまいましたが、テレビ会議という文明の利器のお陰で、被害は最小限に食い止めることができました。何とかなって本当によかったです。

「自分は大丈夫」と心から信じた上で、取れる対策はちゃんととる。そして気力と体力が尽きるほど詰め込み過ぎない!それが今回の教訓です。

動かないと死んでしまう僕にはそれも結構難しいんだけど 笑。せっかく頂いた出勤停止期間、家でぼーっと休ませて頂いている間にそんな事を考えていました。

カンボジアに決めた!

約1年ぶりにカンボジアに出張して来ました!起業前から興味のあった「クラタペッパー」の倉田さんにお会いして話を伺うのと、同時にカンボジア南部にある農場視察&収穫ツアーに参加する為です。

倉田さんは今から25年前、まだポルポト派の内戦の爪跡も残るカンボジアを訪れNGOに参加。その後、かつては世界一と謳われたカンボジアの胡椒を軸に農業起業にチャレンジされました。

社会起業家やソーシャルビジネスという言葉が日本で認知される前に、カンボジアでカンボジアの人達と一緒にビジネスを作り上げた方。

その苦労は私が簡単に語るべきものではないですが、今や日本にも倉田さんの胡椒のファンが沢山いらっしゃるまでになりました。本当に凄いです!!

倉田ペッパーHP

僕が企業勤めを辞めてソーシャルビジネスにチャレンジしたいと思った時、真っ先に頭に浮かんだのはバングラディシュで革製品を手がけている「Mother House」と倉田さんの胡椒でした。

今回倉田さんと僕を繋いでくれた案内役は渡辺さん。彼もカンボジアでマイクロファイナンス事業を運営し、現地の農家さん達を応援しています。ラグビー部の後輩のツテで繋がり、バンコクの飲み屋で数回意気投合した仲です。そんな点と点の繋がりで今回のツアーが実現しました。

僕は日本でも葉山の無農薬野菜農家さんとのコラボ、Shanti House活動等にチャレンジしていますが、せっかく見た目も中身もグローバル人材なんだから 笑、一つぐらいアジアでソーシャルビジネスを仕掛けたい。ずっと胸に秘めていました。

カンボジアとの接点はもう一つ。妻が東京外国語大学カンボジア科卒業なんです。彼女はポルポトの虐殺で苦しむ子供達を救いたいという気持ちでその言語を選び、20年前の大学生時代にカンボジアの田舎町にホームステイをした経験もあります。

彼女が今やっているShanti Houseの活動は「ひとりひとりががありのままに輝く社会へ」を謳っています。この活動は10歳で旅立った息子優大からの学びは勿論、彼女の中にずっとある「一人の人間を大切にする」という感覚がベースになっています。

大学卒業から20年の時を経て、今度は僕の方がカンボジアと繋がる。なんだか不思議なご縁です。今回の旅で倉田さん、渡辺さんとお話しさせて頂く中で、カンボジアでやってみよう!と決心しました。

カンボジアの市場に行くと、子供たちの眼がキラキラな事に感動します。見つめられるだけで涙が出そうになるくらいピュアな瞳。悲しい歴史を忘れられるはずがないのに、前を見て今を生きている子供達とその家族。僕自身がエネルギーをもらえます。

この国で、この国ならではの、この国の人とWIN-WINになれる事業を興したい。駆け出しの起業家に何ができるかは分かりませんが、今までに培った事業・マーケティングのスキルと経験を120%活用して、楽しく、真剣に取り組んで行きたい。

弊社のカンボジアでの活動に関しては、また折に触れて取り組み内容を紹介してゆきます。すぐに何かが形になるわけではないけど、じっくり寝かせながら大切に育てたいと思います。

できる事とやりたい事

先日、とある後輩から会いたいという連絡をもらいました。彼は超一流商社に新卒で入社し、2年間の海外駐在経験もある。その彼が20代後半にして、起業準備を見据えて会社を辞めると。驚きましたが、若いのに大胆で勇気ある選択に敬服です。

彼の興味はズバリ「どうやったら起業がうまくゆくのか」という事。まだ起業半年の僕が成功しているかどうかは置いておいて、少なくとも「起業して正解だった」と思っている理由ぐらいは伝えられます。

いつ頃から考え始めて、いつ頃から具体的な準備をし、どうやって営業先を見つけたのか、時系列で細かく説明しました。その時に使ったのが、この図。

ちょうど前日に頭の中を整理する為に作った図が役に立ちました。ブランドマネジメント、事業開発・商品開発、事業運営・マーケティング、コーチング・研修、カウンセリング・講演・執筆、人材活性化(人を勇気づける)、freebeeの周りに書いた最初の6マスから会社はスタートしました。

起業後、お世話になった先輩や取引先にご挨拶をして回った時、「こういう仕事も頼める?」なんて言ってもらう事がありました。僕も「出来ると思います。考えてみます!」という感じで、どんどん請け負う業務の幅が広がってゆきました。

自分自身では気づけていなかった事が、話しているうちに相手のニーズにマッチする事が分かって、それが仕事になっていった感じです。

半年経った今、最初の6マスから広がって、蜂の巣が大きく広がりましたが、最初からこういう絵をイメージしていたわけではないのです。点の出会いや点の仕事が繋がって、気がついたら蜂の巣が大きくなっていった。そんな感じです。

とある起業家の大先輩も「先ず仕事ありきだよね」と仰っていました。何がやりたいという想いも強いけど、先ずはお客様が何を求めいるかに向き合い、そして自分にできる事を一生懸命に、そこからがスタート。スティーブ・ジョブズの言葉で有名な、connecting the dots(点を繋ぐ)という概念がありますよね。

前に道がなくて、不安になる事もあるけど、自らの仮説を信じて道なき道を突き進んでゆくと、いつか自分が歩いた跡が道になるはず。

逆説的ですが、自分ができる事と自分がやりたい事は近しいのかも知れない。過去の経験が一番活かせて、自分が力を発揮できる事が想像できる。だからこそ、僕はチャレンジしてみようと思ったのかも知れません。

相談に来た20代の商社マンの彼は、まだ自分がやりたい事はぼやっとしているみたい。だから、自分にできる事を考えて、起業の仮説を100個作るようにアドバイスしました。

その作業の中で、自分の得意な事、自分の強みを活かしてやってみたい事が明確になって行くかも知れない。起業家を目指すと決めた彼にとっては、そんな風に起業のアイデアを練るのはきっと楽しい作業だと思います。数年後、彼が遠い異国の地で立ち上がる時には全力で応援したいと思っています。

1月のfreeFRIDAYのご案内(1/25(金)です)

皆さま新年おめでとうございます。今年も宜しくお願い致します!

昨年6月末に起業し、記念すべき第1期末まであと3ヶ月。コンサルティング業務に7割のエネルギーを割きつつ、残りの3割の力を使って、自社でのソーシャルビジネス立ち上げの方も整えてゆきたいと思っています。

さて、新年1回目のfreeFRIDAYは1/25(金)を予定しております。最近「今度、金曜日に会いに行きたい!」と言ってもらえる事が増えてきて、ブログで普及活動を行ってきた甲斐があります。毎月始めにご案内・毎月月末の金曜日に開催を定型化することにより、皆さまが「鎌倉行き大人の遠足」を企画するキッカケになればと思います 笑。やっぱりたまには非日常が必要ですよ。

この活動を始めた頃にイメージしていたのはメンターとかパーソナルコーチみたいな事。スポーツでもそうですが、基本的には個人の意思とか努力で人は成長してゆくわけですけど、時にスランプに陥ったり、成長の壁にぶつかったりすることもあります。そんな時、OBとかコーチとか親とか、近くにいる人の何気ない一言で「自分から気づく」事ってあると思うんです。

昔企業で働いていた時に、上司部下の関係でもない後輩マーケターと「カレーミーティング」というのをやっていました。彼が煮詰まって来た時に、お昼にご飯にインドカレーを食べに行き、その間僕はひたすら喋りまくる。ただそれだけ 笑。色々と脱線しながら議論していると彼の方が少しスッキリするみたいで、元気を取り戻して普段の仕事に戻ってゆきました。別に大したアドバイスもしないし、何をするわけではないんだけど、彼自身の壁打ちの壁になっていたのかもしれません。

コンサルタント・事業家として起業した今、広く世の中にはたくさんの同僚・後輩がいます。20代には20代の悩み、30代には30代の悩みがある。仕事の悩みでも、キャリアの悩みでも、職場の人間関係でも、家族関係の悩みでも、ちょっとだけ人生の先を歩いているお兄ちゃんの自分が、相談相手になってあげられたらいいなと思います。

ちなみに、僕自身はこのfreeな時間を使って身体のメンテナンスに力を入れる事にしました。バンコク駐在中に知り合った頭蓋仙骨療法(クラニオセイクラル)の先生が鎌倉にもご出張頂けそうなので、今年は定期的に施術を受けてゆきます。先月、「中島さんは肝臓が弱っていて少し重たい。だから右側が少し下がっていて、右肩が凝るのよ。内臓もかなり弱っているし。」と言われてびっくり!「首の後ろ触るだけでなんでそこまで分かる!?」

でも先生のゴッドハンドに触れられると、施術後は身体が別人のように軽くなります。常に動いていないと死んでしまうマグロのように動き回る僕の身体。。ちゃんと労ってあげないと長持ちしませんので、月に一度身体もメンテナンスしよう。そして皆さまとお喋りするのは心のメンテナンス。何せ「口から生まれた子」なので、freeにお喋りする時間が必要です。

お互い、月に一度の金曜日ぐらいはゆる〜く過ごして、今年一年も楽しんでゆきましょう!

※1月25日(金)、あと数名頭蓋仙骨療法(クラニオセイクラル)の施術スケジュールに空きがあります。もしご興味ある方がいらっしゃいましたら個別にご連絡下さい。

 

2018年記、お陰様で素晴らしい一年でした!

かれこれ18年前から続けている「月記」の習慣。仕事やキャリアの事=ビジネスマネジメント、組織内の人間関係の事=対人マネジメント、自分の興味や家族の事=プライベートマネジメント、大きく分けるとその3分野について行動した結果を中心に書いています。

過去、ビジネスマネジメントに自分の労力や時間を7割使っている年もあれば、対人マネジメントに5割ぐらい使っている年もある。毎年そのバランスは変わる訳ですけど、共通して言えるのは、過去18年間はプライベートマネジメントに費やす割合が常に少なかった。良い意味でも悪い意味でも企業人だったという事で…。

そういう意味で今年はいつもとは違う年。多くの時間を起業準備や起業後のスタートダッシュに費やしたけど、それが仕事(ビジネスマネジメント)かと言うとそうも感じない。ずっと興味があったソーシャルビジネス探求は個人的な興味でもあるし、仕事でもある。今一年を振り返ると、プライベート=ビジネス、の一年という表現が合っているように感じます。

 

1月末、直属の上司と本部長に起業の意思を伝えました。大変に驚かれたし、留まるように説得もされましたが、お二人とも昔からの僕を知り理解してくれる方。最後は快く送り出してくれました。本当にこのタイミングでお二人の元で働けたご縁に感謝。

5月、会社の中で退職情報がオープンになり、ちょっと騒然となりました。良い高校・良い大学・良い会社・社内でも順調に出世 笑。自分で言うのもなんですけど、理想的なサラリーマン人生でしたからね。

でも、自分の中では別に唐突な進路変更ではなく、ずっと前から決まっていた事のように感じます。胸の中にあった「いつか組織を興し、その長をやりたい」という想いを行動に移しただけ。行動にはちょっとの勇気が必要でしたけど、それは10年間の生涯を全うした長男からの学びに助けられました。「命は必ず尽きるのだから、やりたい事は先延ばしにしない」

8月、月記の文面に起業の苦悩が現れています。あまり大きな売上が計上できず、固定経費だけが出てゆく状態に焦り、、ピリピリし過ぎて妻や子供達にも当たってしまう…。家族にも心配をかけました。今でこそ複数の案件をお手伝いするようになり、少し安定的な売上が見込めるようになりましたけど、お盆の頃は本当にどうなることかと思った。いつも支えてくれる家族、ビジネスパートナー、お客様に本当に感謝!

11月、鎌倉山に購入した自宅兼事務所のリフォームが完成。昨年末の緊急帰国から一年経ち、漸く妻が心から落ち着ける環境を整える事が出来ました。自分にとっても昼ビール環境が整った事で 笑、100日勝負・全力疾走に一息つき、相変わらず高速ではあるけど定速ペースに落ち着く事が出来ました。

 

モノづくり・マーケティングが大好きな自分が、広くグローバルに、アドバイザー業務や投資サービスを提供する会社を作ってみる。2018年は「人生は壮大な社会実験」という意識が前に動いた年でした。

freebeeという集まりは、ソーシャルビジネス創業とコンサルティングビジネスの両輪を回す会社です。これからも自分自身がfreeなマーケターで在り続け、沢山の仲間達と繋がって、世の中に新しい提案を出し続けて行きます。

来年も月一でfreeFRIDAYを開催してゆきますので、皆さま是非鎌倉までお出かけください。非日常的な大人の遠足は、ビジネスにもプライベートにも活力を与えてくれると思います。それでは今年一年お世話になりました、良いお年を〜!

 

 

 

 

Shanti Houseトークイベント@広州

先週末、15年前に家族3人で駐在していた広州を訪れ、これで第6回となるShanti Houseトークイベントを実施してきました。今回は単独講演で、7年前に亡くなった長男との暮らしや学び、どうしてソーシャルビジネスの世界に入ろうと思ったのか、そんな僕個人の生き方の話にフォーカスしました。

当時の僕は24歳。会社からもらった初海外駐在のチャンスを形にしようと必死でした。今や発展目覚ましい深セン市に支店を開設する為に1週間泊まりがけで出張したり、広東省内や福建省、湖北省などの遠隔地を訪れては新規の取引先を開拓したり。

当時の中国は(今もだけど)ドッグイヤーと言われるぐらいのスピードで発展していて、販売マネージャーとして、部下を数十人待たせてもらって現場を取り仕切る仕事は、やり甲斐が半端なく充実していました。生まれて半年の優大も広州に呼びましたが、医療体制も十分ではなく、てんかんの発作も完全にはコントロールできない中、中国語も話せない妻を家に置いて僕は仕事に飛び回っていました。

療育施設というものもない中国で、独りぼっちの介護・育児に2年半奮闘し続けた妻は、遂にノイローゼになってしまい日本に戻ってゆきました。それでも僕は会社の上司に頼んで単身赴任をさせてもらい海外駐在員のポストとキャリアを手放さなかった。生きるとはどういう事か、家族の大切さ、そういう事が見えないぐらい、勝つ為だけに生きている若者でした…。

仕事で成果を出す為にはのめり込む事が何よりも大切。今でもそう思っています。ただ、当時の自分は仕事100%で、そうする事が僕たち夫婦にとって最善であるという事を疑っていませんでした。本当はライフが無かったら、ワークなんてできない。それも自分だけの物ではなくて、家族みんなで一緒に作ってゆくライフ。家族みんなが生き生きと過ごせるかどうか、それが一番大切な事だと気づくことができなかったんですね。

※その辺りの話は妻と2人で書いた回想録に書いています。もしご興味ありましたら、是非お読み頂けたら嬉しいです。「優大と私たちの10年間の物語」

 

広州には当時の仲間がまだ残っていて、その中には現地で結婚されてお子さんを授かった人もいます。当時の自分の表の顔(海外駐在員・敏腕営業部長)しか知らない彼らに、裏の顔(家庭を一切顧みない駄目パパ)を自虐的に公開して来ました。その上で、自分がどれだけ浅はかだったか、その後に息子や妻からどんな事を学び、何故起業家という選択をしたのか、そういう事をシェアしてきました。

「誰にでも遺せて利益だけあって害のないもの、それが勇ましく高尚な生涯である。この世は悲嘆の世でなく歓喜の世である事を自分の命を使って体現して、その生きる姿をこの世への贈り物として去ってゆく。」私の人生の座右の銘となったこのメッセージを仲間にも伝える事ができたかなと思います。※内村鑑三著「後世への最大遺物」から内容を引用しました。

僕の人生の第3ステージ、「起業家としてありのままに生きる」はまだ始まったばかり。家族を始め、周りの皆様の暖かい支えのお陰で、思いのほか順調に離陸する事ができました。これからも自分の生き方・働き方を楽しみつつ、それが結果的に後世に遺ってゆくような、そんな風に毎日を生きてゆきたいと思います。

Shanti Houseの活動としても、また夫婦2人で一緒にトークイベント(夫婦漫才的な)やワークショップをやってゆきたい。海外は難しくても、日本全国でそんな機会が増えたら嬉しいです。まずはここ鎌倉・湘南からスタートかな。引き続きご支援を宜しくお願い致します!

freeFRIDAY ✖️ Shanti House

Shanti Houseは、長男優大が旅立って3年がすぎた頃「すべての人がありのままに輝く世界へ」という想いを込めて妻が始めた活動です。

七里ヶ浜に住んでいた時は朗読会、ヨガ・ヨガセラピー、クラフトワーク、お料理教室、アロママッサージ、カウンセリングセッション等を不定期に開催し、ママさん達中心に沢山の方がふらっと立ち寄ってくれていました。

今、彼女は少し活動をお休みしていますが、freebee株式会社を立ち上げてからは、僕もソーシャル事業の一環として環境整備を手伝ってきました。眺望重視で中古の家を買い、事務所スペースにもなるようにリフォームして、ベランダを天然の会議室として快適なスペースに整える。明日ガーデンセットとパラソルが届くので、その環境が全て完成します!

僕の活動のペースと彼女のペースは違うし、動きたい事も少しずつ違います。だから優大というチャレンジドパーソンからインスピレーションを受けたもの同士、それぞれが思うままに活動して行けば良い。今はそんな風に思っています。

僕は来月、Shanti Houseトークイベントの為に中国広東省広州市に出張してきます。横浜、バンコク、ホーチミン、ハノイ、バンコク②と開催して、今回で6回目。ほぼ15年ぶりに当時の仲間に会えるのが楽しみ!

この写真は長崎市の銀屋町教会の中にあった「なかよし学級」が開催してくれた親子キャンプの時のもの。妻と優大が介護と療育の為に帰国してしまって、僕は単身赴任先の広州から一時帰国して参加しました。

超体育会系・勝ち負け論者で獣のようだった自分が 笑、人間の心を取り戻すきっかけになったキャンプでした。あの瞬間から繋がって今の僕がある。

これからShanti Houseの活動は、生き方・働き方のトークイベント、カウンセリングセッション、色々なワークショップ、執筆活動等、我々夫婦がそれぞれ自由に、ゆっくり動いてゆくと思います。皆さまの暖かい応援をこれからも宜しくお願いします。

とりあえず、正式オープンは来月になると思いますが、明日11/30のfreeFRIDAY@鎌倉山はShanti House もソフトオープンしております。明日たまたま鎌倉にいる人 笑、メッセンジャーやLINE等でご連絡くださいね。

心のスイッチは内側にある

先週、大学でブランド戦略論を教えている友人の助教授から誘われ、「ブランディングの現場での実践」に関してスポット講義をやらせて頂きました。

僕の学生時代の専門は外国語(中国語)なので、マーケティングやブランディングの知識は社会人になってから得たものです。若かりし頃に広東省で営業部長をやっていた時、先輩マーケターからマーケティングの理論を教えてもらううちに、どんどんのめり込んで大好きになりました。ほぼ自学と現場経験から得てきた自己流・野武士的なノウハウ 笑。逆にそれがリアルかなとも思います。どの学問もそうなのかも知れないけど、頭で分かっている事を具現化するのが難しい。だから現場経験の積み上げと、そこから得て自分だけで体系化されたノウハウこそ、その人ならではの財産なのかもしれません。

起業する少し前から「事業会社20年の経験を踏まえて、自分の中にあるノウハウとかスキルとかコツとか、教えられるものは全て人に伝えよう、それで少しでもみんなが楽しく仕事できるなら、それも一つの社会への恩返しだ。」そう思うようになりました。バンコクを去る前に後輩たちを集めて勉強会を実施したり、ホームページにマーケティングコラムというコーナーを作ったのもそういう意図です。※話すのは得意ですが、書くのが苦手で、、コラムの方は止まってますが。

そんな矢先の依頼だったので、二つ返事で引き受けました。商学を勉強している大学生とはどういう感じなのかにも触れてみたかったのもあります。授業も無事終わり、友人がFacebook投稿に感想を乗せてくれました。

「味の素時代から独立へのキャリアやマーケティング、商品開発の話を通して、学生のハートにやる気スイッチが入ったように感じました。『動く人が成功する』『仮説が大事』『決めた事をやりきるパッションが大事』『自分が聞いたゲストの話で1、2を争う楽しくて為になる話だった』『マーケティングの楽しさを再認識した』などなど学生の学びや発見が多いようでした。」

何より、学生たちに喜んでもらえて良かった!

今まで野球やラグビーを通じて子供達と接してきて、自分の子供・人の子供に関わらず、スイッチが入る瞬間を何度も見てきました。親やコーチが何を言っても、自発的に動く力、内側から湧き上がるエネルギーに勝る力はありません。子供は純粋でいられるから、その瞬間の輝きは半端ない!見ていて涙がこぼれる事さえあります。

でも、本当は大人だってそうなんですよ。心のスイッチは内側にあって、自分がやりたい事、食べたいもの、行きたい所、自発的なスイッチが点灯する瞬間が何より大事。人は人の心を無理やり動かす事は出来なくて、当人が学びや気づきに触れて「動く」お手伝いをする事しかできない。

当社freebeeは全ての人がありのままに輝く社会を目指しています。僕自身もかなり自由に起業というチャレンジを楽しんでいますが、楽しく自発的に動いていると沢山のセレンディピティが生まれ、沢山の価値が生み出されます。僕もソーシャル活動の一環として、自分自身の生き方や働き方、公私に渡る経験を人生の後輩達に伝えて行けたらと思います。自家発電スイッチが入るきっかけの一つになれたら、何よりの喜びです。

新・SHANTI HOUSE完成!

藤沢市での借家生活を終え、結婚してから11回目の引っ越しで 笑、鎌倉市に戻ってきました。以前住んでいた七里ヶ浜のすぐご近所、鎌倉山。親子共に仲間も近くにいるし、何より、やっと念願の海見え自宅です。

今朝多分数年ぶりに、妻から朝起こされました。低血圧な妻は朝が弱く、逆に朝からハイテンションな僕は超早起きなので、そんな事は滅多に起こらないのです。

「ぐっすり眠れて、朝自然に目が覚めたの!綺麗な朝焼けだよー」そんな声を聞いたのも久しぶり。落ち着ける場所が見つかって良かったー。

思えば7年前、優大を亡くして気持ちが沈んでいた彼女に「山があって海が見えるとこに引っ越そうか?」と鎌倉を訪れた時の事。鎌倉山から七里ヶ浜に抜ける細い坂道を車で通って、森の先に開ける海の景色を見た瞬間でした。

「わーー!私、ここに住みたい!!」

どんな景色も灰色にしか映らなかった眼に、色が灯ったような感じがしました。ほんの一瞬だったけど、優大を失った悲しみから解放されて、彩のある世界に戻ってこれたのが、横で見ていてよく分かりました。

こんな顔見てしまったら、もうここに住むしかない…。東京までの通勤は劇的に遠いな…。江ノ電通勤かー…。そんな感じで多少のネガティブもありながらも、その一瞬で僕は鎌倉市に住む事を決めました。

もしかすると、あの時点で脱サラ(古!)する運命も始まっていたんだろうなー。今朝、鎌倉山から七里ヶ浜まで散歩しながら、7年前のあの瞬間を、同じ場所を歩きながら思い出していました。今では僕自身もお気に入りの場所になった七里ヶ浜・鎌倉山。なんだかデジャヴのような不思議な感覚でした。

この場所は自宅兼事務所なのですが、freebee株式会社の事務所というよりは、SHANTI HOUSEのスペースとして使用して行く予定です。と言っても、幸恵さんの仕事はゆっくりゆっくり 笑。そのうちセッションの事とか、トークイベントの事とか、案内がでるかも知れませんが、気長にお待ちください。海を見ながらのティータイム、昼ビールにも最高のスポットですよ〜。

前に進む勇気、決断する覚悟?

昨日は早稲田大学ビジネススクール リーダーシッププログラムの授業にOBとして参加させてもらいました。9年前、34歳の時に自分も参加したこのプログラム。チームで取り組む課題に「俺、社長(役)やりたい!」と立候補したのが、初めて「社長」を口にした瞬間でした。時を越えて今、小さいながらも社長をやっている自分がいて、「想いはいつか現実化する」事を改めて感じます。

以前にAmebaブログにも書いた内容ですが、改めて起業する時の思考と行動をシェアします。もし今キャリアで悩んでいる人がいたら、少しでも参考になればと思って。

起業すると決めた時、自分にとって率直な意見を言ってくれそうな友人・知人・先輩・後輩をランダムにピックアップして、100人リストを作りました。僕はマーケターなので、せっかくの機会に、自身の「大手企業を辞めて起業する!」という選択を題材に社会実験をやってみた感じです。

数ヶ月かけて徐々に暴露していったのですが、ほとんどの人からかなり驚かれましたし、仲間達にとって結構センセーショナルなニュースとなりました。43歳という年齢や、大手企業の海外駐在員という立場もあったから。

周りからの反応は、「賛成」、「反対」、「どちらとも言えない(ノーコメント)」の3つに大きく分けられます。思いつきレベルの段階で相談してしまった人も、起業のアイデアがある程度固まった段階で報告した人もいて、タイミングによって当然反応も違ってくるので、厳密には同条件での回答ではありません。

先ず、賛成票の多くは「僕が起業家に向いてる」「ナカジらしい選択だと思う」「何かやれそうな気がする」という感じのご意見でした。これからも応援してるぞーという気持ちの伝わるメッセージを沢山頂き、とても有り難く、前に踏み出す大きな勇気をもらいました。

反対票は傾向が2つに分かれました。一つは「もったいない」という意見で僕の個人としてのキャリアを案じてくれるものでした。ここまで大手企業の中で頑張ってきて、居場所も確立して、これから益々偉くなってA社を引っ張っていく人材だっただろうにもったいない、そんな感じ。僕だってそう思ってましたよ…。だから何年も足踏みしたわけだし。

もう一つの反対票は、そんなに多くはなかったけど「大きな組織を飛び出して何が出来るのさ?」というもの。直接いう人もいれば、ニュアンスが自然と伝わってきた人もいました。僕、感じる力は結構強いので 笑。「起業という言葉は響きがいいけど、要は中小企業だろ?」という厳しいご意見。

確かに、世の中全体に大きく広がってゆく価値を生み出して行く仕事は、資金面や人材面である程度の規模がないと価値がない(価値が見えない)かもしれません。でもだからこそチャレンジしたいと思いました。反骨精神旺盛なんですかね 笑。

ノーコメント票の多くは、突然突拍子も無い事を言われてうまく考えられていないようでした。「自分だったらそういう選択はしないけと、人の人生に責任は持てないし、でもこれからも幸せに生きて欲しいし…、寂しいし…」みたいな感じ。その節は困らせてしまって本当に失礼しました。

ちなみに、賛成票・反対票・ノーコメント票の割合は、3割・3割・4割(当社推定)。という事は、「人の意見を聞いてから何かを決めるのは理論的には無理」という事です。

1つ言える事は、賛成という形で応援してくれるにしろ、反対という形で諌めてくれるにしろ、どちらとも言えないという形で心配してくれるにしろ、この一連のやり取りの結果、皆さんの僕を想う暖かい気持ちが想像以上に大きかったという事。

俺、愛されてるなあ、有り難いなあと日々感じて、起業に対する仮説(こうすればうまくやれるはず)を信じ、自分を信じて、前に進む勇気が強まっていったのでした。

覚悟を持った決断。後輩達からはそう見えたかもしれないけど、実際はそんなにシリアスな話ではなく、その決断をした後の世界を純粋に見てみたかっただけかもしれない。その決断をしなかった「もしもボックス」の世界は絶対に見ることはできないから、誰にも正解なんて分からない。

誰でも、いつでも、自分の人生を自分で生きてゆく自由がある。勇気!覚悟!なんて必要以上に身構えなくても、自分が納得できるならそれが自分の人生にとっての正解。

起業3ヶ月経って、今までと変わらず皆んなに支えられて、自分らしく生きている自分がいます。今なら3ヶ月前の自分に「大丈夫、お前なんとかなるよ。やりたい事やれよ!」って言ってあげられる。これからも「なるようになる」と思って、セレンディピティ(偶有性)を楽しんでゆきたいと思います。

スタディツアー@フィリピン

起業後の初海外出張はマニラでした!決して里帰りではありません 笑。自分自身も9年前、34歳の頃にお世話になった早稲田ビジネススクールのNext Leader Program、指導教官の内田和成教授・事務局のサポートをしてきました。

直近2年間仕事で頻繁に訪れていたマニラの街に行くという事で、これは自分なりのお手伝いが出来るのではと思った次第。ビジネススクールの学生時代の当時、このプログラムの超大物講師陣からの講義で心に刺さったのは、

1.修羅場経験をどれだけ積めるか、

2.リーダーに必要なのは愛嬌、

3.戦略は細部に宿る(現場を知らなければ見誤る)、

という概念でした。サラッと書きましたけど、自分の中に結晶化され蓄積された深い学びです。30歳を超えてくるとそう簡単に学びを得られなくなります。仕事もそうだけと、生きる事に慣れてきてしまうからね。その意味で、早稲田ビジネススクールのこのプログラムは、自分のキャリアのブースターになったのは間違いありません。

今回、特にWer market、SARISARI(なんでも)ストアと呼ばれるフィリピン独特の小売店の現場視察も組み込んでありました。販売現場は勝手知ったる得意フィールドですので、現地ガイドさながらに 笑 ご案内。

現地では複数の会社にお邪魔させて頂き、経営、工場運営、営業活動を学ばせてもらいました。我々を取り巻く環境はどんどんグローバル化の波が広がっています。IT技術の進化や訪日外国人の増加もあり、今や日本国内向けの仕事をしている人でも、海外の事を知らないというわけにはいかない。

一方で、海外駐在員という経験を全員が出来るわけではないので、ビジネスリーダーにとっては新興国等に足を運び、そこにある日本との相違点に触れ、そこにあるリアルを感じる事の意味は大きいと思います。

僕自身の最大の気づきはQCD(Quality, Cost, Delivery)バランスの最適化について。マーケッターとして最も基本のフレームワークは4P(Product, Price, Place, Promotion)ですが、平均物価が日本の1/10、貧富の格差が大きい社会において、モノづくりのやり方も工夫の余地が沢山あります。特に品質過剰気味の日本人にとって、現場の空気感に触れる意味は大きいのではないでしょうか。

グローバル(含む中国)×商品開発というのがfreebeeの強みですので、今はコンサルタントは僕一人ですけど、、海外には足繁く行き来して価値創造のやり方を模索したいと思います!